第10話 怪盗エマ参上
怪盗予告はその日のうちにセザールの屋敷内に広まり、用事から戻ったセザールにも伝えられた。
「怪盗エマ?フン!大した怪盗でもないくせに生意気な!」
秘書から報告を受けたセザールが苦虫を噛み潰したような顔で怒鳴る。
「このことは外に漏らすな!余計な騒ぎになると面倒だからな。他のやつにもそう伝えろ!」
まだこの地方ではリーヴ美術館のルミエールのことは話題になっていなかった。
ルミエールがこの屋敷にあるとわかれば自分は牢屋行きだ。その前に怪盗エマとやらを始末しないといけない。
「怪盗エマめ!生きて帰れると思うなよ!」
セザールは激昂し、近くにあったゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。
その頃、私とサノさんはいつものカフェで今夜のルミエール奪還作戦の最終確認をしていた。
運ばれてきたアイスコーヒーにガムシロップを注ぎながらサノさんが口を開く。
「まず、昼間に仕掛けた装置で離れの近くを爆破する。そうしてそちらに警備の目が向いてるうちに部屋の前に行く」
「うん」
サノさんの説明を聞きながら頭の中で段取りを整理する。
「次に部屋の中に睡眠ガス入りのカプセルを投げ入れてその場にいる警備のやつらを眠らせる」
「うん」
「そんで、わしらはガスマスクをつけて部屋の中に入ってそこに飾られているルミエールを奪うっちゅうわけや」
「なんか本当に映画みたい!」
私が感心しながら言うとサノさんが呆れた顔で言う。
「流れはこうだけど何があるかわからん。注意してや」
「はーい!」
サノさんは浮かれた私を見てやれやれというジェスチャーをしながら、氷で少し薄めになったアイスコーヒーをストローでかき回した。
日付が変わって午前0時。
セザールの屋敷では明かりがまぶしいくらいに輝き、強面の男たちが離れにある部屋の周りを取り囲んでいた。
部屋の中も何人か男たちが見張っている。
私とサノさんは屋敷の外からその様子を伺う。
「じゃあ作戦開始や。爆破するで」
「了解!」
小声でうなづくとサノさんは爆破装置のスイッチを押した。
ドカーン!!!
離れの近くの茂みが爆発する。
「何だ!爆発したぞ!怪盗エマが来たのか!」
バタバタと足音を響かせて男たちがそちらに走っていく。
それを確認するとサノさんが私に小声で言う。
「部屋に行くで!」
「うん!」
私は前を進むサノさんの後に続いて明かりが当たっていない暗闇を小走りに走る。
外の警備はみんな爆発した場所に行ったため難なく部屋の前に到着した。
「じゃあ中のやつらを眠らせるか。それ!」
サノさんは部屋のドアを少し開け、睡眠ガス入りのカプセルを思いっきり投げ入れた。
カプセルは勢いよく壁に当たり壊れる。
そこからガスが部屋に充満した。
「ゲホゲホ……なっ、何だこれは!ゲホ、な、なんだか、眠く……」
バタンバタン
大きな男たちが次々と倒れていく。
「よっしゃ!ななかちゃん、マスクの準備いいか?」
「オッケーだよ!」
「よし、中に入ろう!」
私たちはガスマスクを装着し、ルミエールが待つ部屋に入った。
部屋の一角にセザールの母親とみられる写真が飾られ、その隣にルミエールが優しい光を発しているのをみつけた。
「サノさん、あれ!」
私がルミエールのほうを指差すとサノさんもうなづいて答える。
「さあ、ななかちゃん。あんたがルミエールを奪うんや!はよ!」
怪盗エマも盗めなかったルミエール。
今それを自分の手で掴み取る……と手を伸ばしたその時。
「させるかー!!!」
セザールが鬼の形相でこちらに向かってきた。
「えっ!セザール?!」
私は驚いて思わず手を引っ込めた。
「怪盗エマぁ、貴様ぁ!!!」
セザールが私に飛びかかろうとした寸前でサノさんに手を引かれる。
危機一髪のところでセザールから離れた。
「ななかちゃん!ぼーっとすんな!」
息を切らせながらサノさんが叫ぶ。
そんな私たちを見ながらセザールは思い出したように憎々しげに言った。
「お前たち、たしか清掃員だったな!小癪な真似をしやがって!許さんぞ!!!」
セザールは壁に掛かっていたサーベルを剥ぎ取り、私たちに斬りかかってくる。
私は事前にサノさんからもしもの時のためにと、小型の空気銃を預かっていたのを思い出した。
懐からそれを取り出しセザールに向かって弾を放つ。
「ぐわぁああああ」
弾はサーベルを持つセザールの手首に命中し、セザールはサーベルを床に落として膝をつく。
その隙をつき、サノさんがルミエールを手に取り私の方に投げる。
「ななかちゃん!受け取れ!」
「ありがとう!サノさん!」
私はルミエールを受け取ると落とさないようにズボンのポケットにしまった。
「返せ!ルミエールは俺の母のものだ!」
セザールは怪我を負ってもまだ私のほうに迫ってくる。
「ななかちゃん、そろそろ潮時や!ルミエール持って退散するで!」
サノさんは私に早口で言うとオールで何か操作をした。
すると窓の外に縄梯子を垂らしたヘリコプターが近づいてきた。
「ヒュ〜!怪盗っぽい!!!」
「喜んでないではよ掴まれ!」
先に梯子に登っていたサノさんに急かされる。
私は梯子に登ると、用意してあった怪盗のカードをセザールに向かって投げつけた。
『ルミエール「天使の光」確かに受け取りました。 怪盗エマ』
ヘリコプターはどんどん空に向かって上昇していく。
衛兵たちに取り押さえられながら怒鳴り声を上げるセザールの姿を小さく見えなくなるまで私はいつまでも見つめていたのだった……。