第9話 セザールの屋敷
「今日からよろしくお願いいたします」
雇い主に深々とお辞儀をする。
私とサノさんはルミエールを盗んだ子孫の家に今日から清掃員として働くことになった。
いわゆる潜入捜査のようなものだ。
屋敷の中を調べるためにはある程度の時間が必要だ。
「貴重品の扱いには十分気をつけるように!よろしくお願いしますよ」
雇い主、ルミエールを盗んだ子孫であるセザールは厳しい顔で私たちに言う。
「わかっております。では清掃を始めますので失礼いたします」
サノさんが子孫に頭を下げたので私も慌てて頭を下げた。
セザールの部屋を出ると私はサノさんに尋ねた。
「それにしても、あの人よくルミエールを盗めましたね」
「美術館の警備兵に金を渡してたらしい。金は腐るほど持ってるからな」
「欲深すぎる……」
私がため息をつくとサノさんが笑いながら言う。
「じゃあ二手に分かれて情報収集しよ。気いつけて。なんかあったらインカムで連絡して」
「うん、サノさんもね」
わかったというふうにうなづくと、サノさんはホウキとチリトリを持ちながら2階の部屋へと歩いていった。
私は1階の部屋の担当だ。
「まずどこからやればいいんだろう」
私はとりあえず目の前の大きな部屋に入った。
ここはお客さんを迎える大広間だろう。
天井にはきらびやかなシャンデリアが光り輝き、大理石の長いテーブルが部屋の中央に置かれ、その存在感を存分に発している。
「うわっすごーい!貴重品ばっかだよ。気をつけて掃除しなきゃ」
緊張しながら貴重品にあふれた部屋の中を歩く。
そして床をホウキで軽くはきながらルミエールの行方をさぐった。
しかし、広い広間を一周したがそれらしきものは見当たらなかった。
隅にある暖炉の上にはセザールの子供の頃の写真だろうか、彼の横には綺麗な女性の姿が写っている。
(昔はこんなに可愛かったんだあの人)
私はそれをチラッと見ると、この部屋をあきらめ別の部屋に移動した……。
この屋敷で清掃員の仕事を始めて三日がたった。
ルミエールがどこに隠されているのか私たちはいまだに発見出来ていなかった。
仕事前の朝食の時間が私たちの活動報告の時間でもある。
「サノさん、ルミエールみつからないねぇ」
「せやな。ほんまどこにかくしたんやろな。うーん」
サノさんがサラダを食べながら唸る。
「お屋敷の中はどの部屋も見たよね。あとは……」
私もまだ見ていない場所があるか考える。
そして思い出したことがあった。
「そういえばお屋敷の隣に小さな離れがあったよね。あそこは何なんだろう」
「そういや、何かあったなぁ。今日他の使用人にさりげなく聞いてみるわ」
そうして私たちは今日も清掃の仕事のためにセザールの屋敷に向かうのだった。
「あの部屋のことがわかったで」
次の日の朝食の時間、サノさんは屋敷の使用人たちから聞き出した情報を教えてくれる。
「あそこはセザールの母親の遺品がたくさん置いてある部屋らしい」
「セザールのお母さんの?」
「うん。調べたらセザールの母親っちゅうのはルミエールの持ち主だった男の正統な後継者らしかったんやけど、家のゴタゴタで後継者争いに負けて追い出されたんだとか」
私はつい先日大広間で見た写真を思い出した。
「まさか、お母さんのために……」
「まぁ追い出された後は親子2人で苦労したらしいな。理由はどうあれ盗みはいかんけど」
サノさんは最後の一口のクロワッサンを口に押し込みながら言った。
「セザールのお母さんのためにもルミエールを美術館に返さないとね。ちゃんと罪を償ってもらわないと!」
あの写真の少年の笑顔を思い出しながら私は青く広がる空を見上げた。
サノさんのさらなる調査で離れにある部屋にルミエールが隠されているのが確実になった。
私とサノさんは掃除をするフリをしながらその時を待っていた。
今日セザールは用事で家を出るのだ。
セザールが出かけたタイミングで彼の執務室の机の上に怪盗予告のカードを置く。
『今宵ルミエール「天使の光」をいただきに上がります。 怪盗エマ』
これであとはカードをみつけてもらうだけだ。
私は掃除を終えた清掃員を演じながら執務室を出る。
ホウキとチリトリを持ち廊下を歩いていると、私の横をセザールの秘書が執務室のほうへ歩いていった。
私が玄関を出た時、執務室から秘書が叫びを上げる声が広い屋敷に響き渡ったのであった……。