第31話 ミョルニル
ナイトの手の中で剣が騒ぎ立てる。
「ああーーーっ!
こやつ、ワシを放り出したアーサーとか名乗る輩では無いかー?!
なんじゃコイツ、ここまでの力があったんか。だったら素直にワシを使えばいいのに。ワシの頭脳とこやつの力が有れば、この物質界の半分も手に入ったじゃろに」
「……俺の父親だ」
「なんとオヌシの!?
そうか、持ち主は子供にしては魔力が強く扱いもやたら巧いと思うとったが、こやつ譲りの血か」
その視界に居るのはアーサー・マーティン。
背中に大剣を携えた中肉中背の男。
しかし普段の彼を知る者なら、誰も彼だと思わないだろう。
普段の彼はトボケた雰囲気を身に纏った、ごく普通の中年男なのである。腕が立つ冒険者だったらしいぜ、と村では言われているが、ホントにー?、嘘っぽくない?、等と思われちゃっている彼なのである。
そのトボケた雰囲気をどこかに捨て、怒りの眼差しでナイトを見つめるアーサー。
ナイトから見ても別人の様であった。
「ナイトッ!
子供だけで夜家を抜け出すとはどういう訳だっ!
……いやまーそれはいい。
実のところナイトってばよ。俺の息子にしてはデキスギくん。良い子ちゃん過ぎて物足りないってゆーかー、なんて思ってたトコロだ。
おおーーっ、留守番を投げうって夜一人で遊びに出かけるなんて……へっへっへ、さーすが俺の息子! なーんてな。
ソフィアを置いて行ったのも……なんだか本人がめったやったら幸せそーな笑顔を浮かべてスヤスヤ寝てたし、まーそれはそれでよかろう。
だが、しかしっ!
これは許さんぞ!」
「オヌシ、何をやらかしたーー!?
メッチャ怒ってるでは無いかー?」
『嵐を運ぶもの』が言うが、ナイトには覚えがない。留守番を頼まれた家を抜け出した事、赤ん坊の妹の面倒を放棄した事。どちらも重罪だと考えているし、だから早く帰らなくては、と思っていたのだ。
しかし、そのどちらでも無いと言われては思い当たる所が無いのである。
「もしかして……『ストームブリンガー』を持ち出した事を怒ってるんじゃ」
「うん……?
そうか、ワシには興味無いようなフリをしとって、ホントはワシの事を気にしとったんか。そうかそうか、ホントは伝説の魔剣と気づいとったんじゃな。しかしワシの力に甘えんよう、あえて触らんかった。それを勝手に持ていかれて怒ってる訳か。
ナルホド、合点がいく推理じゃ」
『ストームブリンガー』が最後まで言い終える前に、その鞘ごと投げられていた。ナイトがアーサーに向かって放り投げたのである。
「父さん、勝手に父さんの剣を借りて悪かった」
頭を下げるナイトなのである。
「おどりゃー!
伝説の魔剣を気軽に投げるな、とゆーとろうがー!!」
「……ん、なんだっけ。
その剣見覚え有るような…………
ああー、思い出した。ジジィの声が録音されてる誰得?アイテムだ。キモイからほっぽり出して忘れてた」
「忘れてたんかーー?!
ワシ伝説の魔剣じゃと名乗ったじゃろうがー!!」
既にナイトの手に『ストームブリンガー』は戻ってきてしまっている。
「父さん、コレ貰ってもいいか?」
「うん?
なんだナイト、ジジィの声なんかに興味あるのか。
うぅーん、まぁ良いけどな。それ一応真剣だからな、気軽に振り回すな。注意して扱えよ」
「分かった、気を付ける」
「軽い?!
軽いんじゃ、軽すぎるんじゃーーーっ?!
息子に魔剣を譲るにしても……
もっとこうなんか感動的な場面とかで、ひとくさり演説もしたうえで譲らんかーい!!!
子供に読み終えたマンガあげるように、渡すんじゃなーい!」
「あ、イカンイカン。
俺怒ってたんだった。
たまには息子に怒った父親は怖いんだ、ってトコを見せとかないとな。
よーし、んじゃ行くぞ」
口元に笑いが戻っていたアーサー・マーティン。
だが、顔つきを引き締める。その全身から怒りの波動が放射される。大気までもが揺らぐ程の魔力の波動。
人間の目には視認できない魔力。だがあまりにも濃密過ぎるのかすでに金色の光を帯びて輝きだしていた。
「……これはマズイんじゃ。
マズ過ぎる!
あの魔力、純粋にして強力過ぎるのじゃ!
力が結晶化して世界を越えつつある!
物質界から神霊界への境界を越えておる。
このままでは世界がアスガルド化を起こすぞ。
その世界では物質界の人間は住む事は出来んのじゃ」
「……つまり?」
「全ての人間が死に絶えるんじゃ」
「…………!……」
ナイトは胸の中でだけ魔剣と言葉を交わす。既に父親から放出される力が強すぎて、ナイトですらも立っていられない。父親を止めようにも顔を上げる事すら出来ないのである。
「へっへっへ。
今までナイトが良い子ちゃん過ぎたからな。
オシオキなんか一回もした事無かった。
やっぱ父親としてビシッとしたトコ、たまーには見せないとイカンよな」
「くぉらーっ!
ナイトーッ!!!
お前、悪戯したろ。
階段に槍なんざしかけやがって。
帰ってきたら誰もいないから、母さんがお前を探して二階に登って行こうとした瞬間、上から槍が落っこちてきたぞ!
オマエな、これちょっとタチが悪い悪戯だからな。
父さんが受け止めたから良かったけど、下手したらアリスがケガするだろ!」
槍。そうだ、確かに仕掛けた。二階にソフィアを残していくのだ。なんの仕掛けもせずに出られるものか。階段を登るモノが在れば上から槍が襲う様に仕掛けを施したのだ。
そうか、母さんが引っかかってしまったか。父さんなら何の問題も無いと思っていたが、言われてみれば確かにそう言う可能性もあった。自分としたことがウカツと言う他無い。
「そうか、俺が悪かった」
圧力で下を向きながらナイトは小さく言葉を発したのだが、アーサーはみごとに聞き取ったらしい。
「うん、分かればいーんだ。
…………じゃ無かった。
今回は簡単に許さない、と決意してたんだった。
覚悟しろ、ナイトォッ!!!」
父親が拳を振り上げる。その拳には灼熱のような赤い光がキメラめくように収縮していくのである。周囲の魔力がそこに集中していく。
拳の周辺に大槌のようなモノが姿を現しつつあった。
「……アレは?!
『粉砕する物』!!!
神々の雷!
全てを一撃で打ち砕くハンマー!
この男の破壊の意志と魔力が強すぎて物質界に顕現化したんじゃーーーーっ!?!?
ホンマかーっ!? そんな事在り得るんか!? しかし実際に目の前で起きとるんじゃーーーーっ!!!!!」
魔剣は興奮してナイトに言うが、既に何を言ってるのか、ナイトには理解出来ない。
「ナイト、父さんのオシオキの怖さを見なさいっ!」
父親が拳を振りかぶって地面を叩く。怖がらせようと言うアピールだろうか。
その瞬間。
地面が割れた。
オーディンヴァレー村からモンスターの徘徊する荒野へ続き、やがて山脈へと続いている大地。
その大地が破壊された。
大きな地割れを起こし、村から山へと地形が変わり、そこには大地の裂け目が出来ていた。
あまりの事にナイトは声も出せない。
騒がしい『ストームブリンガー』さえも言葉を無くしている。
「…………」
アーサーは立って、地面を見つめている。
「…………あれっ?
やりすぎちゃった!?
うそー、ちょっとナイトをビビらそうと思っただけだったのに……」
その顔が所在無さげに周囲を見回す。
と言っても、周囲にはナイト以外誰もいない。ジーフ少年もハンプティも気を失い地面に倒れているのである。
アーサーは大地の割れ目を指さす。ナイトはその指の動きを見る。アーサーは次に自分を指さす。
ナイトは一応息子なので分かる。
「……俺のせいかな? ……違うよね?」
そんな意味のパフォーマンスと思われる。
「父親のした事だと思う」
ナイトは正直に答える。嘘は好きでは無いのである。
父親は息子の返答にガッビーン!、と言う顔を造る。
頭をしばらく抱えて、アーサー・マーティンは言った。
「てへっ。
やり過ぎちゃった」




