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素晴らしい国の悩める王子

作者: 乃木太郎

昔むかしある小国でのお話でございます。父親にはあまり似てはおりませんでしたが、目もとが艷やかでこちらが恥ずかしくなるほど美しくまだ赤ん坊の時分から愛嬌がありどんな方でもいつもにこにことしている一人の男の子が生まれました。この天使もかくやと思われる赤ん坊の誕生を両親は心より喜んでおります。


この男の子の生家は貧乏で、その日のパンを買うのがやっとという有り様でございました。子どもと言えども仕事をしなければなりません。大好きな両親のために、心優しいこの君は一生懸命仕事をしております。そうして少しの間だけ許される時間で、街を散策するのがこの君はとても大好きなのでありました。


ところで、この世は自分に似た人間が三人はいるという話がございます。この報われない君に神様がお味方なされたのでしょうか。この君は数奇な巡り合わせにて、自分にそっくりなお方との出会いを果たしたのです。


この君とかの方はお顔ばかりか、話し方や仕草もやはりどこか似ているところがあり、お二人はすぐに意気投合なさいました。かの方はいつもきれいな服を着ていらっしゃったのできっとどこかの貴族なのだろうとこの君は想像していますが、かの方の人懐こいご性質もあり、そのような些末なことは気にも留めず、お二人はかの方がいらっしゃるときに親交を深めておりました。


ある日のことでございます。かの方はめずらしく暗い表情をしていらっしゃいました。この君はその様子がとても気になり理由を聞き出そうとします。かの方は父のお決めになったご婚約に多少よろしくないと思われるお心があり、この君にすっかりご自身のお気持ちをお打ち明けになりました。その話を聞き、この君は、数少ない貴重なご友人のために小市民的正義から自分が代わりにその姫に会おうと申し出ます。かの方は最初は戸惑われましたがすぐにこの君の申し出を快諾しました。そうしてお二人はご自身の着ていらっしゃるものを交換ししばしの間お互いのご身分を取り替えることになったのでした。


かの方はどこか貴族の子息だろうと想像していたこの君はたいそう驚きました。なぜならかの方は現王の第一王子でいらっしゃったからです。きっと幼稚な入れ替わりなどすぐに露見してしまうと恐怖に震えました。ところが二日経っても三日経っても誰もご指摘なさいません。この君の生家が印刷を生業としているために、この君が読み書きにそこまで不便していなかったからなのでしょうか。多少の違和感を覚える方もいらっしゃいましたが、どなたもこの美しい君に対して厳しい目を向けるようなことはついぞございませんでした。


そうしてこの君は第一王子として、王子のご婚約者候補の宰相家のご令嬢とお会いになりました。ご令嬢は今までお会いした同世代の女子たちとは、ご容貌もお話しになる笑顔もしとやかな振る舞いもすべてが異なっております。第一王子はこのご令嬢とご婚約することが当然とお思いになりました。そうしてそのことを親友に伝えねばとお思いになりますが、このご令嬢と片時も離れがたく、ついぞかの方と再会することは叶わないようでございます。


第一王子は毎日御心に陰を抱えて生きることとなってしまわれました。もしご自分の目の前にかの方が現れたならば、すぐにでも許しを乞い深く陳謝したことでございましょう。ところが第一王子は、ご婚約者の方と離れることもやはりご決断できず、塞ぎがちになりあまり城の外にも出ないようでございます。そうして後ろ暗い思いと、ご婚約者の方との思いの中で、パンすら喉に通らないという有り様でいらっしゃいました。第一王子は一日たりとも親友をお忘れになることはございませんでしたが、自ら何かをお決めになることも行動なさることもなく、日々を暮らしていらっしゃいます。


そのような折、かの小国の運命を決定する慶事が発表されました。第一王子と宰相閣下のご息女のご成婚の儀が執り行われるというお話でございます。塞ぎがちな第一王子を案じ、現王が予定よりもお早く進めるようお決めになったのでございます。


第一王子は大変驚かれ、またすべてを悟ったのでございます。ご自分はその弱さによりたった一人の親友をなくしてしまわれたということを。


人間は判断力の欠如により結婚するとは、全くその通りであるようです。


王子がとうとう国王に就任さられた日に歴史に残る出来事がございました。国中の民が苦しい生活から一念発起し、また周辺の国々が豊かな資源を求めて王宮を取り囲んだのでございます。


そうして集まった方々により、一つの小国が地図から消えたのは、一体どれほど昔のことでありましたでしょうか。

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