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暖色  作者: 辰巳劫生
3/3

想起

恋愛経験のないダメギタリスト伊藤達也が、特別女心が分かる高校の先輩涼太を頼りながら運命の人を探す物語。

ギタリストとして一朝一夕にはいかない日々に疲弊しながらもがく中で、あの出会いが達也を変える、、、。

 高校三年の時ににうちのクラスで委員長をやってた奴から連絡が来た。

 僕の高校時代は比較的華やいでいたな、なんて思う事がよくある。そうでも無い思い出でも、心の中で額縁に入れて更に年月を飾れば箔が付く。ってもんらしい

 どこまでが本当にあった思い出だったか忘れるくらいにそれを美化してしまって気づいたのは、美化する前の本物の過去は僕の脳みそからも消えちゃったって事。虚しいから今一度だけ、僕の思い出話に付き合ってほしい。



 全盛期はその高校三年の夏。僕は好きな子の為にステージに上がっていた。

 TAB譜通りの、良く言えば統制が取れている、悪く言えば面白みのないギターだけど文化祭舞台上。鈍い輝きを纏った僕が掻き鳴らしたスピッツの【君は太陽】は、今思い返すと拙い青春の甘い音色だった。

 放課後、ラブレター数枚が入ったボーカルの机の引き出しと、僕の机の引き出しを交互に見た時に思った。「こいつとは合わない。」これだけは忘れられないな。ちなみに、見比べた僕の机の引き出しの中身は是非少しでも良い様に察してほしい。

 という感じで定かではないけど、今より華やいでいたあの高校時代を振り返っている理由は他でもない。


 ()()()()()()()()()()()()からだ。


 大人になっても情けなく縋りついていた思い出が向こうからやってくるのは、複雑な気分。ただ、嬉しいか嬉しくないかで言ったら僕はものすごく嬉しいし、なんだったら高揚していた。

 SNSのグループで茉里さんが発言する。胸を刺す懐かしさ。茉里さん。叶わなかったけど僕が好きだった人の名前だ。


 「ちょっと飯食い行かね?」

 鳴っていた携帯を取ったらいいタイミングで涼太に誘われた、別に茉里さんの話が照れるから逃げたとかそういうわけでは断じてない。


「行く行く!ちょうど話したい事があった所。」

「おう。居酒屋でいい?」

「俺今月金無いんだよ。勘弁してくれ。」

「じゃあどこで食うって言うんだよ。」

「カップラーメンを家で。」

「分かった俺が払えばいいんだろ。」

「そんな事言ってないだろ!もう!ありがとう!」

「ちょっとは遠慮しとけな。」


 居酒屋の割にはしっかりした食べ物が揃ってる店に着いた。隣との仕切りはあまりないけど、落ち着ける俺らの行きつけ。


「そういえば達也、彼女はどうなったんだよ。」


達也ってのは俺の名前。


「彼女?あぁ、それそれその話。」

「お、なんかあんのか?」


冷静な口ぶりとは裏腹に、興味で溢れた涼太の目を少し暗めの照明が照らす。


「あの日は、家の近くの公園がなんか懐かしくなってそこでくつろいでたのよ。」

「最近雨ばっかだけど降ってなかったのか?」

「心配してんのか?最近調子狂っててな、その時も脳みそが考える事を放棄してたみたいな、なんとも言えない虚無感があったの。」

「大丈夫か?そんで彼女は!」


俺に出来た彼女の事が珍しいからって気になってしょうがないらしい。


「涼太は趣ってのを知らないよな。」

「あぁ、すまん。」

「家帰って頭ぼやっとしたまま鍵開けたの。そしたら、、、。」


間をあけて無駄に不気味な雰囲気を演出する。


「なんだよ早く言えよ。」

「あ、おう。彼女が家に居たんだよ。」


そういうボケみたいな感覚で、敢えてサラッと言ってみる。


「。。。」

「あ、おかえり!つって。」


涼太はなぜか固まっている。


「お前、、、合鍵渡してたのか?」

「あぁ、大家に頼み込んで借りたらしい。駅近なのにセキュリティしっかりして欲しいよな。」


明らかに涼太との温度感に差がある。自分の中で違和感が沸々と湧いてくる。


「なんで家に居るか聞いたか?」

「なんか俺と会いたかったんだってさ。」

「なんか今までと違くないか?今までお前が相手を追っかけてるイメージだったのに。」

「な。俺もちょっとビックリした。」


更に込み上げる違和感。そういえば危機感を持つべき事態なのか?なんで俺の家に彼女が来たんだ。既読も意図的に遅くするくらい男の人への謙譲が嫌いだったはずなのに。    

 でも俺は気付かないふりをした。なんとなく涼太にはダサいとこ見せたくないからね。


「そっからどうしたんだ?」

「何も無かったよ。普通に話すだけ話してあっちは帰って行った。時間が遅かったから家まで送るって言ったんだけどな。」


「ほう。なるほどな。お前が素っ気ないから、彼女どうしていいか分かんなくなっちゃってんじゃないの?」

「どういう事?」

「多分その彼女今までの男の人達を上から覗いてたんだけど、」

「うんうん」

「それじゃ上手くいかない前例がなくて、焦ってんだよ。それだけお前の事が好きなんだろうな。」

「なんだよそれ難しい。よくそんな事分かるよな。」


涼太のこういう所がモテる所以なんだろうな。女の子取っかえ引っ変えしてるイメージだけど、思い返したら実は一人一人長いのね。凄い。


「てか、達也って名前なんか違和感あんな。絶対もっと呼びやすい名前あるって。」


涼太がお茶を濁す。こういう気が利く所も総じてやっぱり涼太は良いな、と思う。


「そんな事は俺の親に言ってくれ。」


脳が壊死したダメギタリストの精一杯のツッコミ。

 一万二百五円の会計に持っていた五円玉を出さない涼太を見て、なんかホッとした。優しくて女心が分かって手先も器用、そんな涼太はいつも通り会計が苦手だった。

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