序章
恋愛経験のないダメギタリスト伊藤達也が、特別女心が分かる高校の先輩涼太を頼りながら運命の人を探す物語。
ギタリストとして一朝一夕にはいかない日々に疲弊しながらもがく中で、あの出会いが達也を変える、、、。
「今俺の目に映る首都東京は、かの日訪れた東京とは大きく違うのよ。酔ってしまう程の人の波、それに相当する高揚感。今それらが失われたように感じるのは何故だろうか。東京が変わったのか。いや、変わったのは俺の方なんだろうな。背負っているギターを商売道具と断言出来た昔の自分が懐かしい。周りの反対を押し切って上京、音楽をする!なんて話、耳にタコができるくらいには聞いたつもりだったし、そういう話がハッピーエンドだった試しがないのも知ってた。俺はそいつらと違うと思ってたし、きっと語り継がれてきた失敗談の主人公達もそう思ったんだ。今考えると身体の弱い俺にそんな事出来るはずなんてなかったのかも。」
俺の人生が歌詞の基になるんじゃないかって言われて口に出してみたけど、薄くて淡い暖色の人生、虚しくなるばかりだった。
「なんて話してみるけどもよ。俺の人生在り来りなダメギタリストの典型じゃねぇか。歌になんかならねぇよ」
「いいじゃねぇか。物は試しだぞ?もうどん底まで落ちたから実家に帰れない。なんて泣きついて来た奴がちょっと自分の人生文字起こしするくらいどうってことねぇだろうよ」
「もうどうしようもねぇよ。まず見て貰えねぇんだもんよ」
「誰かが絶対見てるって!それにお前ちょっと文才あんじゃん?女のひとりやふたり引っ掛けりゃ歌詞になんじゃね?なんてな笑笑」
「酔ったらすぐ恋愛経験少ない俺をいじるのやめろよ」
「そもそも酒飲めねぇギタリストなんて聞いたことねぇよ!ガッハッハッ!!お前そういう所のせいで前のボーカルにも振られたんだってな!」
「もうその話はよせよ。合ってなかったんだあいつとは。」
「てかお前、彼女はどこ行っちゃったんだよ」
話し相手は、俺にずっと良くしてくれている高校の先輩の「涼太」。俺がギター持って上京することを最初に伝えた人で、フラットに話せる友達。俺に対してずっと、好きな子にアタックするみたいに構ってくる。俺からすると奇妙でしょうがない。お堅い職業に就いてる涼太がプラプラしてる俺に興味を持ってるのはちょっとした優越を感じる目的もあるんだろうけど、それでも今俺にとって涼太は稀有で唯一の存在になっている。
僕は上京してから沢山のボーカルと組んでギターを弾いてきた。望まれればそいつの為に苦手なアコースティックだって弾いた。
アコースティックを頼んでくるやつはここだけの話、大体恋愛脳の雄ザルだったな。そう言えば、「抱いた女が~」なんて歌詞を書くやつも居た。即効リストラしたわ。(そのバンドの僕以外のメンバーで売れたんだよな。悔しい。)エレキで合わせたがる奴はだいたい僕の好みの人格なんだけど、追ったらすぐ居なくなっちゃう。追えば追うほど逃げる、野生動物かよ。
そんなこんなで歌詞はもう僕が書く。それに共感するやつをボーカルに据えようなんて考えたわけだ。親に合わせる顔も無いし、実家に帰るならできる事全部してから帰ろうって思ってる。
恋愛経験ない僕だけど、先月初めての彼女が出来た!それで今だ!と思って歌詞を書こうと思ったんだけど、自分が相手を求めてるのか分からないって言うか、恋愛って呼べるのかすら分からないような感じでちょっと困ってる。恋愛気質の彼女は僕に遠回しな言い方をしてくるんだけど、気づけないし気づいた所で対応できない。正直彼女は僕から見て眩しい。
「この人もあの人も俺と合ってない。ずっとそればっか言ってる気がするわお前、いっそ俺と付き合うか?なんてな、ガッハッハッ!!」
「ほんと。ちっちゃい頃から、合う人が絶対に居るはずだなて思ってたけど、年齢が年齢だしいよいよだよな。」
だから僕はこの恋路で自分の想いに蓋をした。二人で歩く鉄道高架下、彼女と素直に笑いあいながらも何処か罪悪感を覚えた。彼女のための最善は僕と一緒にいる事なのか。音楽活動に理解があって、自分を好きでいてくれて、これ以上ないハイスペックな女性。幼い頃出会っていれば、心の奥から「好き」って言えたのかもしれない。
こんなしんみりするのは性にあわないけど、涼太さんと楽しく飯を食った後、一人ベットの中、会食とのギャップから成る虚無感と共に込み上げる暗い感情。まだ僕は彼女に対する自分の気持ちに気づけてないだけかもしれない。気持ちは軽くなったけど、自分の感情に制限をかけてしまっているような、そんな気がした。
翌日、昨日遅くまで会食してたから瞼が重い。O型の僕は一日寝ると考え込んでいた自分に嫌気がさす程カラッとしてしまう。よくない性質だなこれ。目を擦りながら枕元にあるFenderのThinlineを手に取る。握りなれたギターが少し重く感じる。頭が回らないので、高校時代初めて自分で考えたコード進行を弾いて脳に血を回そう。そんな事を毎日毎日、特に目的もなくやってる。
昔友達と、目的のない行動は有意義か無意義かって話で揉めたことがある。小学生の頃だったかな、大人になってその口論を上手くまとめた題目をつけたから大層な議題に見えるけど、実際くだらないガキ同士の口喧嘩だった。ちなみに俺は有意義派ね。あいつとも気が合わなかった、今何してんだろ。
そんな事を思い出す所までが温い日常が始まる合図。一度、アンプに繋げて気持ちよくギターをかき鳴らしていたら薄い壁越しに隣から拍手が聞こえた事があった。きっと僕に対してでは無いけど、それ以来恥ずかしくてアンプに繋げるのはやめた。顔を洗って携帯を見ると彼女から連絡が入ってた。それを見てちょっとドキッとしてしまう辺り俺はやっぱり彼女の事が好きなんじゃないか?なんて思いながら返信する。返事はすぐには来ない。彼女お得意の意図的な未読には正直な所かなりうんざりしている。
変わらない日常、毎日そう悪くはないなと思うし、毎晩そんな事ないって思い直す。電車で一駅、雑多な駅前で彼女に「バイト行ってくる。なんかあっても2時までは連絡取れないと思う。」と一言、Thinlineを背にバイトまでの30分の暇を潰した。
先日彼女と歩いた鉄道高架下をぶらぶら歩いてみる。
「そんで佐藤さんどうしたと思う?」
、、、ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン
「、、とか言ってその場乗りきったわけ!」
気になる所を聞けなかった。さん付けって事は先輩の噂か。なんて言ったんだ。飲み会で英雄的な立ち回りを見せたのか、それとも。本当に気になる。今日はついてないんだな。
「こんにちは~」昼まで誰とも話さずにここに来たからちょっとだけ声が上ずる。心の中にしまった友達が少ない事への寂しさがちょっとだけ顔を出す。「また誰かとバンドを組もう。これが最後だ。」いつも心に刻むこの同じ誓いは少しずつただ確実に薄く色褪せていた。