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階段

作者: 遠山千佳

 ずっと見つめている。


 薄闇の中、上ってきた階段を私は見下ろしている。


 夢なのはわかっていた。果ての見えない階段の半ばに立っていて、そのくせ踏みしめてきたはずの段は影も形もない。


 上りだけの一方通行。そんな意地悪な階段の上段に片脚を乗せて、たどったはずの景色を見下ろす。


『大人の階段を上る』


 この歳にもなれば聞き飽きた、陳腐な言い回しを思い浮かべずにはいられなかった。


 眼下に連綿と続く、本来はあるべきでない過去の光景たち。私の頭が良いように切り取った楽しい想い出、嫌な想い出、その他すべてがアトラクションのように階下を彩っていた。


 ああ、そうだ。そんなこともあった。


 あれも、これも、どれもが輝いて見える。飛び込みたくなるほど惹き込まれる。


 かけがえのない私の想い出たち。手が届きそうで、だけど二度と戻ることはできない。 


 だから美しいと思えるんだろうか。


 だからこんなにも、羨ましいんだろうか。


 夢らしく、綺麗に一筋の涙がつと、と足元に落ちた。


 悲しくなんてない。こんなにも温かいと思える記憶があることが嬉しいんだ。


 なんて、自分に言い聞かせていることを他ならぬ私は知っている。嬉しい気持ちに嘘はない。けど、嬉しい気持ちで心に蓋をしようと必死なことにも私は気付いていた。


 上段にかけた脚からふわりと力が抜ける。バランスを崩しかけた私は慌てて浮き上がった脚に体重を傾け、踏みとどまった。


 そっと胸をなでおろしてふと思い当たる。前にも同じ夢を見たかもしれない。階下への憧れを抱きつつ、すんでのところで踏みとどまって段を一つ上る夢を。


 一度や二度ではない。自分の気持ちを誤魔化して重い一歩を踏み出す一連の流れを、どれだけ繰り返したことか。


 そうして私は、どうしたいんだろう。


 おずおずと振り仰ぐ。階段を覆う闇は果てどころか、二段先すらも見通せないほど色濃く漂っていた。


 いつからこうなってしまったのか、最初からこうだったのか、いまとなっては分からない。


 わからないまま重たい脚を持ち上げる。かかとが浮いて、体重の半分がつま先に委ねられて。


 けれどもつま先はなかなか離れようとしない。脚を離せば上へ行くのに、むしろ身体は後ろへと傾きたがっている。


 ああ、今日だけ。


 たった一度でいいからゆるして欲しい。


 最初で最後になろうとも、きらめく記憶の海に溺れられたなら。


 意を決したようにぴんと伸びたつま先は、やがて――へと傾いた。

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