未来永劫
彼とはいつも、ここで待ち合わせをする。
「来てたの」
「ああ。ちょっと早かったかな」
「ううん、大丈夫」
もう既に日が登り始めている海岸で、2人、波の音を聞く。
何の話をするわけでもなく、ただ海を眺める。そして時々、彼の横顔を盗み見る。
彼は会社の同期であり昔からの幼なじみで、名前をショウ、と言う。
幼なじみに恋をする、というのはよくあるパターンだが、私はその典型的なタイプだった。
次第に想いは膨らみ、でも、1歩を踏み出す勇気はない。
それでもこうして、ショウと一緒にいる時間が好きだった。
さー、と、潮風が髪の毛を扇ぐ。海の匂いが、鼻から入って広がる。
「風、気持ちいいね」
ショウを見た。ショウは前を見ている。
すると、ショウが口を開いた。動く口に合わせて、声が聞こえる。
「俺、結婚するんだ」
身体の体温が低くなるのを感じる。風のせいだけではない。
結婚?今、ショウはそう言ったの?
頭がジーンとして、しばらく脳の活動が止まる。ショウの顔一点を見つめることしか出来ない。
何でよ。私と夜な夜なここに来ておいて結婚なんて。悲しいよ。辛いよ。
ひどいよと、ショウに言ってやろうと思った。
「おめでとう」
口から出たのは、指令を出していないはずの言葉だった。
結局、私はショウに想いを伝えられぬまま、ショウとの未来の扉に鍵がかかった。
数日後。ショウは会社にも結婚の報告をした。そして、同じ部署みんなでお祝いしようと会社内で花束を渡した。
「おめでとう!」
そんな言葉が飛び交う場面を、後ろでそっと眺めている。
「ちょっと」
後ろから、先輩である杉山さんが話しかけてきた。
「今日、1杯どうかしら」
「先輩から誘ってくださるなんて珍しいじゃないですか」
「たまにはね」
先輩はそう言ってウインクをした。彼女らしい。
1杯、と言われたので、店にでも入るのかと思ったが、連れていかれたのは彼女の家だった。
「さっそく始めちゃいましょ」
先輩はお酒を用意するやいなや、こう言った。
「我慢してる?」
私はすぐに答えられなかった。
それでもいいえと、彼女の目を見て言った。
「本当かしら。今日のあなた、早く帰りたいって顔してた」
「いつもですよ」
そう冗談を飛ばすも、彼女の顔はいたって真剣だ。
「1人で抱え込まないで。私がいるんだから」
先輩のその言葉は、心に響かなかった。
彼女には素敵な彼氏がいる。そろそろ結婚を考える時期だと、この間聞かされたばかりだった。
「先輩にはわかりませんよ。好きな人を応援出来ない気持ちなんて」
とっさに言ってしまったが、1度吐いてしまうと止まらない。
「ずっと思い続けて、でもそれは一方的で。向こうは気づかないから、自分が想った人の所に行く」
そう、 片思いはいつもそうだ。
「本当は素直におめでとうって言いたいです。でも言えない。そんな自分さえ憎いんです。好きな人の幸せも願えないなんて」
声が震える。ぽたぽたと、テーブルに雫が落ちる。
「馬鹿ね」
先輩の声が聞こえたと同時くらいだった。先輩の腕が伸びてきて、私は先輩の胸に飛び込む形となった。
「あなたはかっこいいわ。一途に同じ人を思い続けて、叶わないと知っても相手の幸せを願う。なかなか出来ないわよ」
先輩は続けた。
「ゆっくりでいいの。その人のことが好きだったという事実はどこにも逃げない。綺麗に仕舞えるまで、広げて見てもいい。そのままにしておいていいのよ」
先輩の声はいつもと違い、優しかった。
「今日はよく耐えたわね。今は泣きたかったら沢山泣きなさい」
先輩の言葉が、私の中のストッパーを壊す。涙の量が増え、テーブルに伝う。
悲しいけど、嬉しい。
この感情は、忘れないように取っておこう。
「私、決めました」
私の感情も落ち着いて、先輩とお酒を飲み交わしている時だった。
「私、来世は彼と結ばれるように努力します」
「何それ。変なの」
そう言う先輩は、優しく笑ってくれた。
そう。きっと来世も、私はショウの魂に恋をするだろう。
きっと、彼への想いは途絶えないだろう。
何があっても、きっと。