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「お願いだから、」  作者: 橘暁子
前日譚:狂王の末娘
8/12

第一歩


 マギーを失い、私の味方はいよいよ居なくなった。

 そしてその頃、私は15になろうとしていて、幸か不幸か昔よりもはるかに、周りが見えるようになっていた。

 後ろ盾のない私の足場は、あまり良いとは言い難い。

 けれども、今までほとんど表に出なかったこと、女であるため王位継承争いとも無縁であることが幸いして、悪名を轟かせる他の王族と比べれば、影の薄い存在であるとも言える。

 このまま大人しくしていれば、今まで通りの平穏な毎日を続けることは出来るかもしれない。


 でも、私にそんな気はない。

 そんなことが、出来る筈が無い。

 あの日、決意したのだ。

 あんな、人とも思えない外道のようにはならないと。

 罪滅ぼしをするのだと。


 まずは学ぶことです、姫様。


 居なくなった彼女の言葉が、脳裏によみがえる。


 そうね、マギー。あなたのお陰で私、いろんなことを学んだわ。

 だからもうそろそろ、一歩を踏み出す時ではないかしら。


 私は窓から、あの日からずっと近づいていなかった、ぼろぼろの建物がひしめき合う場所――下級使用人の居住区画を、窓から見下してみる。

 数年前と、その様相は変わらない。いや、むしろ酷くなっているようにすら感じる。


 あそこからにしよう。


 私は決意し、数名の使用人を引き連れて、全てが始まった因縁の場所へと向かった。






「ちょっと! ここの責任者はいないのかしら!?」


 声を張り上げる。

 あれから数年、ただの無知な幼子であった私にすら恐縮していた下級使用人たちは、背が伸び、大人に近づいた私を見ると可哀想なくらいに怯えの色を見せた。

 私はそれを一切意に介さず、堂々と、いっそ傲慢に見えるくらいの振る舞いで、ずんずんと廊下を進む。


 行動するにあたってずっと、悩んでいたことがある。

 それは、どんな人物として振る舞うか、ということだ。


 今までは平穏だった。それは私が幼く、誰の脅威にもならなかったから。

 けれど、今から私は彼らに――血のつながった家族に反逆する。

 母やマギーを始めとする犠牲者、そして今この時にも彼らの所為で苦しんでいる人々の仇を討つのだ。

 それが、今までのうのうと生きてきた私の、罪滅ぼしだから。


 けれど考えなしに行動すれば、たちまち命を散らすことになるだろう。

 身内には多少甘かった我らが父王も、最近は益々暴虐が極まり、数カ月前には第5王女の首を手ずから刎ねたという。

 理由は単純、「不快だったから」。

 この頃には幾人かの王子王女が既に亡く、もしくは他所に嫁ぎ、王宮に残っているのは王太子と第2王子、第3王女と第4王女、そして第6王女である私だけになっていた。

 そんな中、生き残るにはどうすべきか。

 考えて、考えて、色々な情報を精査して。私は、いくつかの方針を定めた。


「ちょっと、責任者はいないの!? いるなら早く出て来なさい!」

「な、何事でしょうか!」


 と、怯えて立ちすくむ使用人たちをかき分け、一人の中年男性が慌てて私の前に転がり出る。


(……ああ、良かった)


 その男性を一目見て、私は己の幸運に感謝する。

 内心緊張しきっていることを悟らせないように、私は益々剣呑(けんのん)に声を張った。


「遅いわよ愚か者! 王女であるこの私が用があると言っているの、すぐに出迎えるのが筋でしょう!?」

「は、ははっ、申し訳ありません」


 ぺこぺこと頭を下げる彼の顔はやつれ切り、身体も他の使用人たちと同じく痩せ細っている。

 そんな状況であっても、瞳の奥に宿る優しさは失われておらず、この状況にあってもさりげなく周りに目配せし、今から何が起こるにしろ少しでも他の使用人たちを巻き込むまいと苦心していることが読み取れる。


「はぁ……。まあ、良いわ。答えなさい愚か者。この有様は、一体どういうことなのかしら」

「と、言いますと」

「この場所の、汚らしさよ! どうなっているの!?」


 私はわざとらしい程に顔を歪め、周りを見回すような仕草をする。


「ボロボロの建物、くすんだ床、挙句の果てにはこのにおい! おまえたちの格好だってそうよ! ああ汚いったらないわ、王族として城にこんな場所があるなんて! 窓の端からちらちら目に入って目障りなのよ、今すぐなんとかなさい!」

「も、申し訳ありません殿下、しかし」

「何よ、文句があるっていうの?」

「い、いえそんなことは、……」


 目の前の男性がだらだらと冷や汗をかいている。

 そうよね、こんなこと言われたってどうしようもないわよね。

 私は心の中で申し訳なく思いながら、責任者の男性を睨みつける。


「はっきりしないわね。もう少しはっきりしたらどうなの、おまえ」

「……では、恐れながら」


 男性がそろそろと、下げた頭をわずかに持ち上げ、慎重に慎重に言葉を選びながら、私に訴えかける。


「私どももなんとかしたいと、……殿下の御心を安んずるため、なんとかしたいと思いますが。如何せん、人手も、資金も足りず。このままでは」

「ふん、そんなこと?」


 私は彼の言葉を遮り、馬鹿にしたような目線を寄越す。


「私を誰だと思っているのかしら。第6王女、ベアトリーチェよ? この目障りな汚らしさが無くなるというのなら、幾らだって出してやろうじゃない」

「……は?」


 ええと、やっぱり、あまり上手くなかったかしら。

 彼のぽかんとした目線を受け、私は内心冷や汗をかく。


 今回ここに足を運んだのは、まさにこれが目的だった。

 私の資金援助のもと、下級使用人の住まいを改善する。

 問題は、それをどう切り出すか、だったのだが。


 ただ単に資金援助を申し出るのは簡単だが、いったいどんな裏があるのかと使用人たちは訝しむだろうし、他の王族の耳に入ればどう邪推されるか分かったものではない。

 だから、衆人環視の中、せいぜい傲慢な振る舞いで、自分が迷惑だからという自己中心的な理由付けのもと切り出せば、まだいけるのではないかと思ったのだが。

 

 ……やっぱり、15の娘の浅知恵だったろうか?

 いや、仮令(たとえ)そうだったとしても、ここまで来たからにはやるしかない。


「なに阿呆面しているのかしら。言って見なさいよ、どれだけ足りないの?」

「い、いや、あの、申し訳ありませぬ、そうすぐには」

「はあ!? 何よ、とことん愚図なのね、呆れた。まあ良いわ、そうね……そこのおまえ」


 私は少し考える素振りをして、男性の後ろ、心配そうにあわあわと手を伸ばしていた、10かそこらの子どもに声をかける。

 びっくりした様に肩を跳ねさせ、恐々とこちらを見上げる様子は、目の前の男性とよく似ていた。

 きっと、息子か何かなのだろう。


「そう、おまえよ。おまえ、この男……面倒ね、おまえたち名は」

「は、あ、私はジョンです。こちらは息子のノアで」

「そう。ジョンに、ノア」


 私はジョンを見、続いてノアを見て言った。


「ジョン、おまえはすぐに、この建物を何とかするための見積書を作成なさい。良いわね、今すぐによ。それからノア、おまえはジョンからそれを受け取って、王宮の私の部屋まで届けなさい。道順はこのクロエが知っています」


 私は後ろに控えていた使用人の1人を名指しし、無言のうちに道を教えることを促す。

 戸惑いがちに頷いたクロエを確認し、私は顔を歪める。


「ああ、こんなところに長くいたら精神が保たないわ! 私は帰るから、あとはお前たち、素早く行動なさい。私、愚図は嫌いよ」


 そんな言葉を吐き捨て、私はさっと身を翻す。

 クロエ以外の使用人が慌ててついてくる気配を感じながら、私はそっとため息をついた。

 なんとかなったかしら、上手くいくと良いのだけれど、と、心の中で呟きながら。




 そして数日中に、ノアの手で見積書が届けられたとき。そしてその中身を見たとき。

 私は大きく安堵の息をついた。

 もしかしたら送ってくれないかもと思っていたし、実際に届いたそれは妥当な金額設定で、自分だけが得をしようという汚い欲も感じられない、誠実な内容だったから。



 その見積書をもとに、私は自分の財産から少しずつ、下級使用人の住まい改善の費用に割り当てていった。

 それは自己満足の為でもあったし、そこを惨劇の場とする王族たちへの、ある種の牽制の意味合いもあった。

 彼らの()()の多くは、この下級使用人の住まいで行われており、それは王宮の中で、最も顧みられない、打ち捨てられた場所だからだ。

 ならば、私のこの行動は、無意味に命を落とす人間を少しでも減らす助けになり得るのではないか。

 それに、もし何か難癖をつけられても、窓から見えて不快だった、綺麗好きである自分には耐えられなかったという理由も用意している。

 そう、いまだ表舞台には出ていない年齢の私についても、王宮では様々な噂がなされている。

 その中には私が「綺麗好き」であるという内容もあるのだ。

 恐らく、私が綺麗なドレスや宝石を好んでいたことから来るものだろう。まあ、あながち嘘、という訳でもない。

 綺麗なものは好きだ。

 それは恐らく、私に対して(ほとん)どの人が思い描く「綺麗好き」とは、意味が少し違うかもしれないけれど。


 そんな風に私は一人、手探りの状態ながら、未来に向けて、私なりの第一歩を踏み出したのだった。



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