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「お願いだから、」  作者: 橘暁子
前日譚:狂王の末娘
7/12

昔日の母


「――え?」


 その知らせは、本当に突然だった。


 真っ青な顔の使用人が、私にその知らせを持ってきたとき。

 私は頭が真っ白になりながらもすぐに、彼女を私のベッドに連れてくることと、医者を呼ぶことを申し付けた。


 どたどたという足音。

 騒がしくなる部屋の雰囲気。

 しばらくすると、数名の使用人が、木の棒と布で作られた簡易ベッドのようなもの――後から聞くに、担架、というものであるらしい――で、誰かを運んできた。


 藁にもすがる思いで、運ばれてきた人の顔を覗き込む。

 それが、彼女でなければ良い、もしくは、聞いているよりずっと軽傷であれば、と。

 ……嗚呼、それなのに。

 赤に塗れた身体。ひゅ、ひゅ、と音を立てる喉。

 そして――血の気の失せた、見慣れた彼女の見慣れない顔色。



「マギー……!」



 自分の身体から、ふらふらと力が抜けていく。

 遅れて医者が駆け付けて、ひどく慣れた手つきで彼女に治療を施す。

 そしていくらかもしない内に、彼は匙を投げたのだ――致命傷だ、今息をしているだけ奇跡だ、彼女の命はもうすぐ尽きるだろう、と。


「っ、そんなわけないわ、もう一度診て、ねえもう一度、どうか、どうか彼女を助けて!」

「……は、したないですよ、姫様」

「マギー!?」


 どうしても信じたくなくて、何処かに彼女を助ける術があるのではないかと思いたくて。

 今にも肩を揺さぶらんばかりの勢いで医者に詰め寄る私を止めたのは、他ならぬマギー自身だった。


 マギーはそのまま、荒い呼吸で言ったのだ。

 どうか、私と姫様、2人きりにしてください、と。


 私は彼女の言う通りにした。

 使用人たちや医者を隣の部屋に移動させ、寝室には私とマギー、2人だけになった。

 そんなわずかな間にも、目の前の彼女の息がだんだん弱くなっていくように感じて、私は震えながら彼女の手を握りしめる。

 そんな私を静かな目で見つめながら、マギーは私に話かけた。


「姫、様。あなたは、お母様がどうしてその命を絶ったか、ご存知ですか」

「……ううん、知らないわ。何かの出来事をきっかけに、世を儚んだと。それだけ」

「そう、ですか。……姫様、お辛いでしょうが、聞いてくださいませ。何故、お母様が、死を選んだのか。……お母様が、姫様をお産みになった後、何があったのか」


 そして彼女は語った。

 私のお母様――ベアトリクスは、元々望んで輿入れをしたわけではなかった。自分の娘程の歳の差がある彼女の美貌を気に入り、王が無理矢理側室にと望んだのだ。

 当時から王の暴虐は知られており、断ったら何をされるか分かったものではない。

 だから、私の母は案じる家族を宥め、輿入れを受け入れた。


 そんな母を案じ、マギーは夫やまだ小さかった子どもを置いて、半ば無理矢理母に付いて行った。

 そしてマギーは誰よりも近くで、彼女の苦難を目の当たりにしたのだ。


「王宮について、すぐ。王はベアトリクスを、共寝に望みました。……彼女が身籠るのは、間もなくのことで。王はこれではつまらぬ、子を(おろ)せと、それはもう怒り狂ったそうです。けれどベアトリクスは、それを決してよしとしなかった。王の怒りを目の当たりにしながら、10カ月。あらゆることから、あなたを守り通したのです」

「……」

「そしてその直後。腹に子はいないのだからもう良いだろうと、王は再び彼女を寝台に呼びました。けれど、お産を終えた直後の身体が、それに耐えられるわけがありません。……心も、限界に達していました。だから、ベアトリクスはそれを拒絶しました。そして、どうか実家に帰らせてくれと、王に懇願したのです」


 語るマギーの静かな目に、哀しみと、憎しみの炎が燃え上がる。

 それはいつか、家族のことを言葉少なに語ったあの時と、同じ色だった。


「それから、数日後。ベアトリクスの実家が襲撃にあったと、連絡が。……ベアトリクスの両親や、彼女の兄――私の夫も、置いてきた子も、皆――」


 マギーが咳き込む。私は彼女の手を握りながら、反対の手で肩をさする。

 彼女の息は明らかに弱くなっていて、胸が締め付けられるような思いに駆られる。


「ベアトリクスは発狂しました。髪を掻きむしり、悲痛に叫んで、私に何度も謝りました。……そして間もなく、彼女は王に対する憎しみと呪いを延々と吐きながら、自ら命を絶ちました」

「……そう、だったのね」


 今更驚きはなかった。

 こんな狂った場所だ。誰もが私の母の死因をぼかすものだから、きっと酷い事実が隠されているのだろうことは分かっていた。

 ……ああ、けれど。いざその事実を知ると、腹の底からふつふつと湧き上がってくる、この感情は――


「姫様。怒りに、呑まれないで」

「!」

「これを、話したのは。――生きてほしいと、思ったから。ベアトリクスの分も、死んでしまったお爺様やお婆様、そして――私の、分まで」

「マギー、私は」

「お願いですから」


 マギーが私とつないだ手に、ぐっと力を入れる。


「生きてください、姫様。あなたは優しく、強い。この国の光になれる。……生き延びてください。どんな手を使っても良いのです。絶対に生き延びて。幸せに、なって」

「マギー。……分かったわ。私、絶対に生き延びて見せます。マギー。他の誰でもない、あなたに誓って」


 私の、第二のお母様。


 そう呟くと、マギーは目を見開き。

 やがて、ほっとしたように、ふわりと笑う。

 その(まなじり)には、涙が光っていて。


 マギーは最期の力で、私の頬を撫で。

 慈愛の瞳で、私を、見つめて。



 その瞳から光が消えても、私はずっと、彼女の側を離れられなかった。






 こうして、マギーは――私の伯母であり、第二の母でもあったマルギット・コーネラ=ハルシェインは、他の使用人を庇って王族から受けた傷で、命を落とした。



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