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「お願いだから、」  作者: 橘暁子
前日譚:狂王の末娘
6/12

マギー


 ゆっくりと目を開ける。


 気が付くと、私は自室のベッドに横たわっていた。

 天蓋(てんがい)がついた、広くて寝心地の良いベッド。

 ぼんやりと天井を見上げていると、気を失う前に見たあの凄惨な光景を瞬く間に思い出してしまい、吐き気がこみあげてくる。


 う、と私が(うめ)くと、近くに控えていたらしい人影が、天蓋の隙間から顔を覗かせる。


「お目覚めですか、姫様」


 少しほっとしたようにそう言う彼女は、私をあそこまで案内してくれた年かさの使用人、マギーだった。


 彼女は私を憎悪の目で見てこない、数少ない人物だった。

 今も彼女は、いつもは無表情の顔に心配の色を乗せ、身体の調子を確認しようとこちらに手を伸ばしている。

 その手が私の額に届く前に、私は彼女の手をがっと掴み、「教えて頂戴、マギー」と震える声で言った。


「あ、あれは。あの恐ろしい光景は、気の狂ったあの人たちは。いったい、何なの」


 あんなものが本当に、私の()()だというの?


 顔を真っ青にさせ、震えながら、それでもまっすぐにこちらを見つめる幼い王女に、思う所があったのだろう。

 マギーはしばらく黙り込むと、やがて深い深い、ため息をつき。

 身を乗り出す私をひとまずベッドの中に戻し、小さな声で、私に、真実を――この国で起こっていることを、ひとつひとつ話して聞かせた。


 この国の王は、王族たちは、狂っている。

 

 王とは国を治める者。国の事を考え、国を富ませる為に全力を尽くす者。

 一般に、王とはそういう存在で、彼らは大なり小なり、そういう目的をもって生きている。

 

 けれど、この国の王は違う。

 王は私欲の為に金を使い、税を引き上げ、王宮を飾り立てる為に全力を尽くしている。

 気に入らないことがあれば暴れまわり、人の命をも、容易くその手に掛ける。

 そうやって、彼は自分の為だけの楽園を、王宮に創り出した。


 そんな狂った場所で生まれ育った子供たち――それぞれに母親が違う、5人の王子と6人の王女は、そんな王の気性を存分に受け継いだ。 

 短気、傲慢(ごうまん)、気まぐれで、暴力的――。

 そんな罵詈雑言(ばりぞうごん)が似合う王族の中で、特に気狂いとして有名なのが、私が出会った2人組。

 人を殺すのが趣味の王太子と、苦痛の叫びが大好きな第3王女、なのだと。


 私は何度も嘔吐(えず)きながら、マギーの話を最後まで聞き終えた。

 彼女は幼い王女のために、その詳細を省き、極力分かり易く説明してくれたのだ。

 それでも、当時の私にとっては充分な衝撃だった。


「マギー、ねえ、マギー」


 真っ青な顔で、私は彼女に訴えかけた。


「あなたの言ったことが、全てすべて、真実だとしたら。私は、私たちは、どれだけ罪深い存在なの?」


 今まで感じてきた違和感。

 ぐるぐるとした視界の中、現れては消える様々なもの。

 使用人たちの憎しみの目線、ボロボロの建物、細い体躯(たいく)、そして――赤。


「この服は、食事は、きらきらした宝石たちは。そうやって、たくさんの人たちが苦しんでいたというのに、私は」

「……姫様」

「ねえ、教えて頂戴マギー、私、私は、……どうすれば良いの……?」


 どうすれば、この罪は浄化される?


 その時、仮にもしマギーが、罰として私に、死を、願ったとしても。

 私は一も二もなく、それを実行しようとしただろう。


 けれど。マギーは、震える私の肩を掴み、静かな口調で、こう言ったのだ。


「……考えましょう、姫様。考えることを、やめてはいけません」

「え……?」

「姫様。あなたは今、私の話を聞いて、どう思いましたか。酷いと、許されないと。そう思った?」

「ええ、そう、そうよ。そう思わないわけが無いじゃない」

「そうですか、安心しました。その感覚は、こんな狂った環境で生まれ育ったならば、特に得難いもの。()()()()()()()()()()()()をお持ちです。それを、忘れないでください」


 そんな、どこか矛盾した言い回し。

 彼女は私の目を真っすぐ見て、言い聞かせるように言葉を連ねる。


「その上で。もし姫様に、この状況は良くないと、変えなければと思う心があるならば。……行動するのです、姫様。あなたは仮にも王女。国を治める王族の一員。その役目を、果たすのです。……それが、あなたの罪滅ぼしにもなりましょう」

「……!」


 罪滅ぼし。その言葉に、私は大きく反応した。


「ええ、やるわ。それが罪滅ぼしになるのなら。マギー、私、頑張る」


 だから、どうか私を導いて――


 そう言った私を、どこか痛ましいものを見るように、一瞬だけ見つめた後。

 マギーは、ゆっくりと頷いたのだった。






 それからマギーは、私に色々なことを教えてくれた。


「まずは、学ぶことです。姫様」


 それが、彼女の口癖だった。

 行動するといっても、私は未だ幼く、後ろ盾となるはずの母も亡く、王族の中で最も立場が弱いといっても過言ではない。

 だから、今は学び、そして良く考えることです、と。

 彼女は何度も何度も、私の目を見てそう言った。


 まず彼女が私を引き連れ向かったのは、王宮の図書館だった。

 そこは王族の居住区画からは少し離れた所にあり、かつては立派なものだったであろうことを窺わせるような、寂れた大きな建物だった。

 ここは父君やご兄姉の興味の外にあるようですから、彼らに鉢合わせる可能性は低いでしょう、と呟いて、マギーは私を中に案内した。


 中に入ると、古い紙のにおいが私の鼻を衝く。

 それは決してかぐわしいものではなかったけれど、不思議と私はこのにおいと、この空間の静かな雰囲気を気に入った。

 そこに密かに出入りしながら、私は様々なことを学ぶようになった。


 加えてマギーは自らの仕事についても、私に教えるようになった。

 幼い私は、彼女が使用人の中で飛び抜けて年かさだったことや、使用人たちが何か困ったときにはマギーの指示を得て動いているのを見て、なんとなく、彼女は彼らの中でも上の位に居る人なのだろうという事は理解していたけれど、その詳細は知らなかった。

 話を聞くと、マギーは筆頭侍女という役割を担っており、それぞれの王族にも、マギーと似たような役割を担う人が近くにいるのだという。

 その仕事内容とは、私に仕える使用人たちを取りまとめ、私が持つ財産を正しく管理し、運用すること。

 本来主人である私が知らなくても問題が無いその仕事――特に財産についての煩雑な事務仕事を、彼女は私に執拗(しつよう)な程丁寧に教え込んだ。

 始めはそれに何の意味があるのか分からなかった。……けれど時間が経つにつれ、私はそれが如何に重要だったか、理解できるようになる。

 とはいえこの頃の私は首を傾げながら、これも彼女の言う「学び」に入るのだろうと納得し、その煩雑な内容を苦労しながら覚えていくことになったのだった。


 そうした日々が、数年続いた。


 マギーは無口な人だったが、時折、ぽつりぽつりと、私に自身のことを話してくれた。

 彼女は元々貴族の出で、その家系は代々、国の書庫番のような仕事をしていたという。

 そして将来は学者になりたくて、父や兄弟たちに教わりながら、知識を得る術を習得していった。

 そんな私が、今度は姫様にお教えしているのですから、人生とは分からないものですね、と、彼女は小さく微笑(わら)って話した。


 そんなマギーと私の母は、所謂(いわゆる)幼馴染というもので、とても仲が良かったのだという。

 母はマギーのように勉学が好きと言う訳では無かったが、とても純粋で優しい少女で、その心映えに、マギーは惹かれたのだと。

 そして母が王宮に輿入(こしい)れすることが決まり、どこか浮世離れしたところのある母を心配して、自ら望んでこの王宮についてきたのだと、彼女は語った。


 あなたにも家族はいるの? と聞くと、彼女は顔を曇らせた。

 皆、早くに死んでしまいました、と簡潔に答えた彼女の瞳に、その時ばかりは暗い憎悪が宿った。

 けれどそれは一瞬の事で、彼女はこちらをじっと見つめると、寂しそうに微笑んで見せた。


「……あなたは、ベアトリクスに――お母様に、よく似てらっしゃる。あなたを見ていると、昔、2人で話し込んだ、あの楽しい日々が、目に浮かぶようです」


 そして、決まってこう言うのだった。


 姫様、あなたはどうか、あの方の分まで、しっかり生きてくださいね――と。


 マギーは無口で無表情で、とても厳しい先生だったけれど。

 その瞳はいつも温かく、優しくて。

 上っ面じゃない、彼女なりの愛情をもって接してくれる、そんなマギーは私にとって、かけがえのない存在になっていった。

 それは、例えるならば――母、のような。

 生みの母を知らない私は、マギーから生前の母の話を聞き、どんな人だったのだろうと想像しながら、いつの間にかそのイメージを彼女に投影してしまっていたのだ。


 嗚呼、あの日々は、辛くて、悲しくて。

 でも、楽しかった。

 間違いなく、今の私の根幹をなす、幸福な記憶。



 そして、それは唐突に、終わりを迎えるのだ。



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