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始まりと終わりの日


 数日後。王女の、処刑の日がやってきた。


 憎たらしい王家の生き残りが、自分たちの目の前で処刑されるのだ。民衆たちは沸きに沸いた。


「王家の落ち目だ!」

「ああ、今日はなんて良い日でしょう!」

「どうやって処刑されるんだろうね?」

「きっと俺たちにやってきたようなやり方で、(むご)たらしく死んでくれるに違いない!」


 彼らはそんな言葉を口々に言い合いながら、こぞって王都の大広場に詰めかけた。


「随分、楽しそうねえ」


 末王女はぽつりとつぶやく。

 かつて彼女を飾っていたものは最早跡形もなく、地下牢生活で全身は薄汚れ、手足は縄で繋がれている。

 そんな姿であっても、彼女の気品は失われることなく。

 静かな表情で前を向く姿は、凛と咲く、美しい花を思わせて――彼女の目の前に立つ青年は、痛みをこらえるように目を伏せた。


「それにしても」


 彼女の目線が、青年に向けられる。


「おまえ、何故ここに? 私を連れていくのは、普通、参謀がする役目じゃないでしょう」

「……俺は、貴女の側仕えですから」


 それは何の答えにもなっていなかったが、彼女は少し目を見開き、やがて小さく微笑んだ。


「そう。なら、最期(さいご)までしっかり勤めて頂戴(ちょうだい)な」


 彼女は自分の手に掛けられた縄を、自ら青年に差し出す。

 その手が小さく震えていることに、青年は気付いたが、彼は何も言わず――言うべきことなど何も思いつくことが出来ず、黙って縄を受け取った。


 ややあって、大広場の鐘が鳴る。

 大きく、大きく、鳴り響く。


 それは「五月蠅(うるさ)い」という王の一言によって、久しく鳴らされていなかった鐘だった。

 そんな音が、王族最後の生き残りである王女の処刑の合図だなんて、なんてよく出来た皮肉だろう。


 後ろに控える兵士が、王女の足を進ませようと武器で小突こうとしているのを、青年は目で制し。

 彼女の手首に繋がっている縄をそっと引っ張り、王女にゆっくりと声をかけた。


「……行きますよ」


 ぼんやりと鐘の音色を聞いていた王女は、その声にハッとしたように、大広場に足を踏み出す。

 それが目に入った民衆から、わあっと歓声が巻き起こる。

「見ろ、王女だ!」

「金の髪! ああなんて憎らしい!」

「引っ張っているのはグレイ様だ」

「グレイ様が直接手を下すのかしら!」

「あははは、自分の側仕えに殺される王女なんて、なんて愉快な見世物だろう!」


 そんな、何の祭りかと間違う程の楽し気な声。

 そこには当然、憎しみの声も混じっていて、王女に石を投げる者も少なくなかった。

 ……本当ならば。青年の心も、民衆と同じように沸き立ち、憎しみを王族最後の生き残りにぶつけていた筈だった。

 ああ、けれど、今となっては、そんなこと。


 唇を噛み締める。

 自分の感情にどう整理をつけたら良いのか、分からなかった。

 王族は憎い。

 国民から搾取し続け、自らの欲を満たすことしか考えない貴族たちも同様だ。

 

 けれど、知っているのだ。

 この数年、憎き王族の血を引いた、美しい王女の側に居続けて。

 

 傲岸不遜、自分が世界の中心だとでもいうように振舞って見せた末王女が、本当は何を願い、何の為にそう振舞っていたのか。

 狂った他の王族たちが、美しく、立場の弱い彼女に何をしたのか。


 ……王家は憎むべき対象だ。

 王女を処刑することによって、民衆に広く王家の終焉(しゅうえん)を印象づけた方が、これから国の舵取りをするにあたって都合の良いことぐらい十分承知している。


 けれど、それで良いのか? 

 彼女のやってきたこと――彼女がもたらしてくれたことを知りながら、俺は、彼女を。



 ――そう、千々に思い乱れていたから、気付かなかったのだ。



 詰めかける民衆の輪の外。


 顔を隠すことも忘れ、怒りと恐怖と高揚と、色々な感情でぐちゃぐちゃになった顔を歪めながら鉄砲を握る、肥え太った若い男。




 その銃口が、青年に向けられていることを。




「――エディ!!」




 銃声。


 気が付くと、後ろにいたはずの王女が、目の前にいて。


 青年――エディは、ゆっくりと倒れ伏す彼女の身体を、無意識に抱きとめていた。



「……は?」



 げほ、と、彼女が赤い血を吐く。

 彼女の身体から、どくどくと、血が――命が、流れ出していく。


「……ッ! 今の男を捕まえろ!」

「はっ」

「医者は!? 医者はどこだ!」

「医者、ですか? ですが、彼女は」

「いいから医者だ、医者を連れてこい!」

「は、ははっ」


 辺りがざわざわと、先ほどとは違う喧噪に巻き込まれていく。

 王族の生き残りが首を落とされるのを今か今かと心待ちにしていた民衆は、思わぬ事態に戸惑った。


「……今、何が起こったの?」

「銃声が聞こえたような」

「今、グレイ様を庇わなかったか、あの女」

「まさか、あの王家が、そんなことするわけ」


「ッ姫様、返事をしてください姫様――ベアトリーチェ!」


 そんな民衆のざわめきは、当の本人――革命軍参謀グレイ、本当の名をエディという青年の必死の叫びにより、徐々に小さくなっていった。



「ぁ……エディ。良かった」

「良くない、何も良くない! 何故だ、何故俺を庇った!」

「さあ、どうして、かしら、ね。でも……ごめんなさい、断頭台までは、わたくし、あるけないみたい」

「今更そんなことはどうでも良い! 早く治療を」

「どうして? わたくし、ここで、死なないと」

「嗚呼、姫様、お願いだから……!」


 その時青年から口をついて出たのは、ずっと秘めていた願い――口にすることなど許されない、無意識に、けれど心の底から願っていた、たった一つの、彼にとっての真実だった。



()()()()()()()()()()()()……!!」



「……ぁ」


「貴女はよくやった、そうだろう!? 末王女という弱い立場でありながら、貴女は気まぐれに殺されそうになった、幾人もの使用人を庇った! 割り当てられた財産の使い道はどうだ、他のきょうだいが自分の為に使う中、貴女は寄附に、村人への投資――わずかに与えられた貴女の領地では、飢えて死ぬ者など一人もいない! 挙句の果てには俺を――革命軍の一員である俺を、()()()()()()()、自分の側仕えに引き入れた!!」

「……」


 エディの顔は知らず知らずのうちに歪み、その(まなじり)からあふれ出した涙が、段々と精気を失いつつあるベアトリーチェの頬に、ぽたりぽたりと滑り落ちる。


「貴女の情報が無ければ、革命は、あそこまで上手くいっていなかった。全て、すべて、貴女のおかげだ――それなのに、何故」


 何故。ぽつりと落とされた言葉に、彼女は呟く。


「……それでも、わたくしは、王家の娘。おまえを、(わずら)わせることは、したくない」


 ああ、けれど。ベアトリーチェは花が咲いたような笑みを浮かべた。


「本当は、怖かった。生きた意味を、のこしたかった。……さいごに、おまえを守れて――ほんとうに、よかった」


 どうか、しあわせになってね。

 

 そう呟いて、王家最後の生き残りはゆっくりと目を閉じた。


「……姫様?」


 呆然として、彼女の肩を揺する。

 彼女はぴくりともしない。

 頬を軽くはたいてみる。

 彼女は、ぴくりとも、しない。

 ただ、幸せそうに、瞳を閉じているだけだ。


「あ、あ、ああああああぁぁぁぁぁ……」


 慟哭(どうこく)が、喉から漏れ出す。

 滂沱(ぼうだ)の涙があふれる。

 そのまま彼女にしがみつくことしか出来なかった彼を、駆け付けた医者が引きはがす。

 医者が矢継ぎ早に指示を出し、血色を失った彼女はその場から運び出される。


 どうか、しあわせになってね。

 

 やけに現実味のない光景を、彼女が最後に吐いた言葉を反芻(はんすう)しながら、彼は呆然と見つめることしか出来なかった。






 ――数日後。

 第6王女ベアトリーチェは、医者の奮闘虚しく命を落としたと、公式に発表された。

 

 これにより、古くから続いたこの国の王家の血脈は、表舞台から姿を消した。

 そしてこの国は革命軍を中心とする民衆の自治で政治を行う、共和制へと歩みを進めることとなる。



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