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第6王女


「――死んでくれないか」


 無意識に、声が出ていた。

 

 そこは『暴君』、『狂王』――悪名高き王が治める国。

 やんごとない方々の浪費によって国中が疲弊しているのに、そこだけは美しく飾り立てられた、欺瞞(ぎまん)虚飾(きょしょく)が渦巻く場所――王宮。

 うっかり命を奪われないよう、誰もが戦々恐々としながら、自分の為、或いは大切な誰かの為、汗水垂らしながら働く下級使用人の群れの中を、豪華なドレスを着、たくさんの貴族たちに囲まれて楽し気に笑う細身の女が通りかかった。


 ――その、特徴的な、髪。

 それは少年が心の底から憎んでいる、王族たちしか持ちえぬ、きらきらしい金色。

 それが目に入った途端、家族を失ってからずっと抱えていた怨嗟(えんさ)が言葉となって、少年の口から転び出た。


「――あら」


 女が振り向く。その堂々とした立ち居振る舞いに反して、その顔はいまだあどけなさが残っており、ともすれば少女と呼べるような年頃かもしれなかった。


「おまえ。今、何と?」


 真正面から問い質されるとは思っておらず、少年は一瞬(ひる)む。

 しかし、あの言葉は少年の紛れもない本音であり、一度言ってしまったことは取り消せない。それに、少年にはもう帰る場所もない。

 結果として彼は、振り向いた王族の少女の目を真っすぐ見て、先ほどの言葉を繰り返した。


「――お願いだから、死んでくれないか」

「まあ」


 少女は目を見開いた。

 「馬鹿な事を」「きっと殺されるわ」「また人を手配しないと」――そんな、ざわざわとした喧噪の中、少年と少女の間に数秒の沈黙が流れる。

 ややあって、少女はころころと笑い出した。


「っ、うふふ、あはははは! ああなんて面白い、なんて―――綺麗(きれい)!」


 誰もが呆気にとられる中、王族の少女は傲岸不遜(ごうがんふそん)な笑顔で、こう言った。


「気に入ったわ、薄汚いネズミさん。――おまえを、(わたくし)側仕(そばづか)えと致しましょう」




 ――以来、数年。

 少年は青年となり、少女は美しい娘となり。

 そんな年月が経っても、相変わらず青年は彼女の側仕えのまま存命である。


 彼女――当代王の末子、第6王女である彼女は、どうやら王族の中ではまともな部類に入るらしい。

 彼女の後ろに控えて早数年、青年は彼女に何かを強要されることもなく、そして以前は()()()()()()()()、気分の悪くなるような()()()()――それも、彼女の周りでは発生することもなく。

 彼はある意味、至って平和な毎日を過ごしていると言えた。


 もっとも、それもこの国の状況を考えれば、ひどく不自然なことだ。

 王宮から一歩外に出れば、長年の不作と重税にあえぐ国民たちの怨嗟、飢えに耐え切れなかった人々の死体が、誰に弔われることもなく無造作に転がっているというのに。

 少年の両親、延いては彼が生まれ育った村も、そうして死んでいった犠牲のひとつだった。

 だから、彼は王族を恨み、憎んだ。

 そして同じ憎しみを持つ同士たちの集団に迷うことなく属し、そこから放たれた一矢として、王宮の使用人として潜り込んでいたのだ。

 

 だと、いうのに。


「……お願いだから、死んでくれませんか」

「あら」


 青年の目の前で、ゆったりと(くつろ)ぐ王女はころころ笑う。


「久しぶりに聞いたわね、その言葉。おまえ、昔は毎日のように言っていたのに」

「……」

「でも、お生憎(あいにく)様。私、死にたくないの。だから、死なない。……第一」


 ()()()()()()()()()()()()()()


 青年に顔を近付けそう言ってから、王女は心底楽しそうに、ころころ笑った。




「王はどこだ!」

「このっ、散々、めちゃくちゃにしやがって、死ね、死ねぇ!」

「よくも妻を、息子を、家族を……!」

「報いを受けろ、おぞましい生き物!!」


「……始まったわね」


 遠くから響く、喧噪(けんそう)。革命だ、と何処かで誰かが口々に叫んでいる。

 それが段々と近づいてきていることに気付かない筈はないのに、美貌の王女は自室から動くことなく、独り言のようにぽつりとつぶやいた。


「……逃げないのですか」

「あら、おまえがそれを言うの?」


 ころころ笑いながら、王女は傍らに立つ側仕えの青年を見上げる。


「革命軍の参謀(さんぼう)の一人は、『グレイ』と名乗っているそうね。……でしょう? 灰色頭の、ネズミさん」

「……」

 灰色の髪をした、数年前から変わらず「ネズミさん」と呼ばれている青年は、深く、息を吐き。

 つい先程まで付き従っていた主に、隠し持っていた剣を向けた。


「第6王女。……貴女を、拘束する」




 彼女が連れていかれたのは、王宮の地下牢だった。

 つい最近まで頻繁に使われていたような、血なまぐさいにおいがこびりつく空間に、そこにそぐわぬ美しい女性が収監されているのは、あまりにも現実味が無さ過ぎて、逆に滑稽(こっけい)な程だった。

 牢の扉を(へだ)てて再会した青年に、数時間前とは比べ物にならない程酷い扱いを受けている筈の王女は、しかしそれについての不満は微塵(みじん)も見せることなく、ただただ不思議そうに、彼に小首をかしげて見せた。


「随分丁重(ていちょう)にもてなしてくれるのね? てっきり、反乱がおこってすぐに、殺されるものだと思っていたのだけれど」

「丁重な訳ないでしょう。……貴女は数日後、民衆の前で処刑される。彼らの怒りや憎しみを、一身に受けながら、首を」

「……」

「その前に」


 落ち着き払った王女とは逆に、どこか憔悴(しょうすい)した様子で、革命軍の青年はこう言った。


「お願いだから、死んでくれませんか。……俺の、手で」

「……ふふ」


 王女が笑う。それはいつも、ころころ笑う彼女の笑い方とは違い、密やかなもので。


()()()のね、おまえ。……でも、駄目よ。駄目。私は意地汚いから、どうにもならない最後の一瞬まで、生き足掻(あが)くの。それに」


 王女は青年の顔に手を伸ばし、血や(すす)で汚れた彼の頬を優しく拭った。


「綺麗なおまえが、(けが)れた私如きに手を汚す必要は、ないわ」


 彼女は今まで彼が見たことの無い、歪んだ――どこか危うく、儚げな笑みを浮かべた。



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