9 第三地区の子供達
今オレの前には色とりどりの果樹園が広がっている。林檎、梨、柿などから、葡萄、メロン、スイカetc······
季節も種類も関係無く、美味しそうな実を実らせている。
ちなみにこれらの果物はこちらの世界には無いものだ。
なら何故ここにあるのか。
それはオレの素材召喚によるものだ。どうやら〝食材〟も素材として扱われるらしい。
試してみたら召喚出来てしまった。
しかし違う世界の物を召喚するためなのか、消費魔力があまりに大きかったが。
食べるたびに召喚してたらオレの身が持ちそうになかった。
だから一つ一つ召喚して種を植えてみた。
もちろんただ植えるだけではない。
土魔法で栄養価の高い土を作り出し、成長促進魔法で一気に成長させた。
そして時空魔法などを応用して周囲の気候に左右されない、一生朽ちることのない万能植物となったのだ。
実った果実を一通り食べてみたが、どれも問題ない。向こうの世界の果物を完全に再現出来ていた。
やはりこちらの世界の果物よりも味は濃厚でうまかった。
まだ果物だけだが、野菜なんかも作ろうかと思ってる。
幸いなことに土地は広いのだから、まだまだ色んな物が作れそうだ。
これで食生活もかなり改善されるだろう。
「おお、すごいことになっているな、これは」
どうやらアイラ姉達が風呂から上がったようだ。
おや? シノブはなんだかぐったりしているが、逆にアイラ姉はツヤツヤだ。
なにがあったのかな?
「向こうの世界の果物でござるな! うまいでござる」
ぐったりしていたシノブだが、実っている果物を口にして元気になった。
「ああ、色々魔法を試してみたんだよ。二人とも風呂はもういいの?」
もう、といっても一時間以上経っていたか。
果物作りに夢中になりすぎていたな。
「ウム、最高だったぞ」
アイラ姉は満面の笑み、シノブは少し苦笑いだ。
まあいいか。それならオレもそろそろ入りたい。
「じゃあ今度はオレが入らせてもらうよ。ここの果物は自由に食べてていいよ」
「ウム、わかった」
「遠慮なくもらうでござるよ」
オレは二人を残して風呂へと向かった。
ふう、久しぶりの風呂はやはり気持ちがいいな。
洗浄魔法で身体はキレイにできるが、やはりこうやって湯船に浸かった方が精神的に良い。
アイラ姉もシノブも髪も身体もツヤツヤだったからな。ゆっくり湯船に浸かったし、髪でも洗うか。
おや、それ程量を造ってなかったせいかシャンプーが残り少ない。
アイラ姉もシノブも髪が長いからな。使う量が多いのだろう。
オレ一人分なら何とか足りるかな?
「師匠、シャンプーがなくなっていたと思うので持ってきたでござる」
無遠慮にシノブが浴室に入ってきた。
シノブは当然服を着ているが、オレは裸だ。
隠す必要もなかったからタオルも巻いていない。
「おい、シノブ······」
「しっ、失礼したでござるっ······!!」
シノブが目をそらして言う。一瞬だろうが全身を見られた気がする。
シノブも顔を赤くしていた。
「ありがとうシノブ、でもこれからはノックくらいはしてから入ってくれ」
シノブからシャンプーを受け取る。
「申し訳ないでござる。······うっかりしてたでござる」
シノブが恥ずかしそうにしながら謝る。
まあ、別に怒ってるわけじゃないからいいんだけど。
「しかし、普段の師匠はやはり裸を見られるのは恥ずかしいのでござるな」
「ん? それってどういう意······」
一瞬シノブが何のことを言ってるのかわからなかったが、すぐにその意味に気づいた。
······シノブが言ってるのはアレのことだろう。
アイラ姉は知らないことだがシノブはオレのある秘密について知っている。
「シノブ、このことは······」
「失礼、秘密でござったな」
「······とりあえずそろそろ出てくれるかな? 身体を洗いたいんだ」
「は、そうでござった、失礼するでござる!」
そう言ってシノブが浴室から出ていった。
嫌なことを思い出したよ······。
異世界に来てまでアレにはならないように気を付けないとな。
それから数日は冒険者ギルドには行かずに生活改善のために動き回った。
借りた土地には果物だけでなく、野菜もいくつか植えた。味は果物と同じく問題ない。
塩、砂糖、胡椒などの調味料は素材召喚では直接召喚出来なかったので、シノブの薬物錬成とアイラ姉のアイテム錬成の力で何とか再現できた。
そしてオレの素材召喚、向こうの世界の牛や豚の肉類も召喚できた。
生きているものは無理だったが、パック詰めの肉類なら普通に召喚出来たのだ。
もっともオリハルコン並に魔力を消費するので毎日はキツいが。
おかげで食生活はもはや文句無しのものとなった。
料理はオレ達三人で毎日交代で作っている。
オレは料理は人並みには出来るし、アイラ姉とシノブも普通に作れる。
ようやく安定した生活が送れるようになった。
「師匠、アイラ殿。曲者を捕らえたでござる」
シノブがそう言って二人の人間を運んできた。
シノブと同じくらいの年齢に見える、中学生くらいの男女二人だ。
二人とも麻痺状態で意識はあるが、動けないでいる。おそらく外の果物か野菜を盗ろうとしたのだろう。
あの周囲はシノブの魔法付与の力で、オレ達以外が無断で実を取ろうとしたら身体がマヒするようになっている。
盗難防止のためだ。
まあ、麻痺するだけで命に別状はないはずだ。
[リュウ] レベル7
〈体力〉35/80
〈力〉45〈敏捷〉80〈魔力〉15
[リエッタ] レベル5
〈体力〉22/50
〈力〉10〈敏捷〉40〈魔力〉40
ステータスはこんな感じか。スキルは持っていない。
男の子はリュウ、女の子はリエッタというようだ。レベルも低いし、見るからに痩せ細っている。
お腹をすかせて外の果物などに手を出したのだろう。
「ひっ······ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「と、取ろうとしたのはおれなんだ、リエは悪くないんだっ」
兄妹か? それにしてはあまり似てないな。
しかし男の子の方は女の子を庇おうとしている。
仲は良さそうだな。
「フム、事情を聞きたいところだが、その前に······」
――――きゅううう~~~
アイラ姉が二人を見ると、なんともユルい音が響いた。男の子か、女の子か、それとも両方か。
お腹が鳴ったようだ。
「そろそろ昼食の時間だ。先に食事にしよう。お前達も食べるといい」
アイラ姉の言葉に二人は意外そうな顔をする。
「え、ごはん······?」
「おれたちも食べていいの······?」
まあ、確かにお腹をすかせた状態じゃ、まともに話を聞けないかもしれないからな。
「良いのでござるかアイラ殿? 一応その二人は盗人でござるよ」
相手は子供とはいえシノブの言うことももっともだ。
「構わんさ。私の好きな言葉にこんなものがある。〝まずは食わせてからだ。善人も悪人もそれからだ〟と」
良い言葉たが、なんかのマンガかアニメで聞いたようなセリフだな。
アイラ姉はたまにさりげなくそういう言葉を使う。
まあ、今の状況にピッタリの言葉だな。
ちなみに今日の食事当番はアイラ姉だ。
アイラ姉が作った昼食は玉子焼きだ。
それと細かく切った肉に、炊きたてご飯だ。
米も果物や野菜と一緒に植えてある。
炊飯器はアイラ姉のアイテム錬成とシノブの魔法付与で再現できた。
うん、おいしい。さすがアイラ姉。
やっぱりオレやシノブよりも料理の腕は上だ。
「すごい、ごちそう······」
「うう、美味しそう······」
二人はヨダレを垂らしそうな顔で見ている。
手をつけていいのか迷っているみたいだ。
「お前達も食べていいのだそ? ああ、食べる前にいただきますと手を合わせて挨拶するのだぞ」
「は、はいっ、いただきます!」
「いただきます!」
アイラ姉に言われて二人が食べ出す。
ハシは使いづらそうだったので、用意していたスプーンとフォークを渡した。
「うう、リューくん、おいしいよ······」
「はぐはぐ······!!」
余程お腹をすかせていたのかどんどん食べていく。一応多めに作ってたはずなのに全部平らげてしまった。
使った食器はオレとシノブの洗浄魔法でキレイにしてから片付けた。
「さて、食事も終えたことだし事情を聞こうか」
アイラ姉の質問に二人とも素直に答えた。
二人はこの第三地区にある孤児院の孤児達らしい。孤児は30人以上いるらしく、二人はその中の年長組らしい。
「その孤児院では食事は出ないのか?」
アイラ姉が更に質問する。
食事が出ないことはないが、経営が苦しく毎日生きていくので精一杯だとか。
そんな中、孤児達の母親的存在の院長が病気で倒れてしまったようだ。
院長を元気にしたい二人は栄養のある食べ物を探していた。それで最近出来た楽園と呼ばれるこの場所で色々な食べ物を見つけ、つい手を出してしまったと。
ウソは言ってなさそうだな。
それにしても楽園って······ここはそんなふうに呼ばれているのか。
「お願いです! ママを元気にしたいんです、食べ物を分けてください!」
女の子の方、リエッタが懇願する。
悲痛な表情だが、真剣なようだ。
「お前達は自分の立場がわかっているのか? 理由はどうあれ、お前達がやろうとしたことは盗みだ。その現行犯で捕まった。そんな盗人の頼みなど聞く理由は私達にはないのだぞ? それどころか、今すぐに衛兵に突き出されても文句は言えない立場なんだぞ」
アイラ姉の言葉が厳しい。しかし長い付き合いだからわかる。
アイラ姉は二人を衛兵に突き出す気はないし、二人の力になってあげたいとも思っている。
たが、そうなるかはこの後の二人の態度次第だ。
二人が 「こんなに食べ物があるんだから少しくらい分けてくれてもいいだろ」 的な自分勝手なことを言い出せば、アイラ姉は二人を助けないだろう。
オレもいくら同情できる境遇だろうとそんなことを言う奴を助けたくはない。
さて、二人はなんて答えるかな。
「待ってくれっ、盗ろうとしたのはおれだけなんだ! リエは巻き込まれただけで······だから突き出すのはおれだけにしてくれっ」
男のリュウが頭を下げる。さっきも女の子を庇っていたな。巻き込まれただけというのも本当かもしれない。
マヒを受けた直後にリュウに触れればリエッタも痺れてしまうからな。
「ではリュウ······だったな。盗ろうとしたのがお前だけだったとして、私達に言うべきことは?」
「え······」
「まだお前の口から謝罪を聞いていないのだが」
アイラ姉が言う。
そういえば、ごめんなさいと言ったのはリエッタだけでリュウからは聞いていないな。
「ごめんなさい! おれはおとなしく捕まるからリエは許してやってくれっ」
お、素直に謝ったな。アイラ姉も満足そうだ。
「ウム、素直に謝るならそれでいい。次は食べ物を分けてほしいという話だったな。それはいいがお前達は対価に何を払える? まさかタダで寄越せと図々しく言うつもりじゃないだろう?」
厳しい言葉が続く。二人はどう答えるかな。
「お、お金は払えないけど奴隷になります! なんでもしますから食べ物を分けてくださいっ、お願いします」
リエッタが必死に訴える。奴隷か······。
この世界では奴隷制度が普通にあるらしい。
奴隷になると特殊な首輪をつけられ、主人の命令に絶対に逆らえなくなるとか。
奴隷はお金がない時に身を売る最後の手段だ。
「フム······」
アイラ姉が立ち上がる。
緊張していた二人はビクッとする。
「その孤児院まで案内しろ」
「「えっ」」
「お前達の願いを聞き入れよう。だから孤児院まで案内を頼む。レイ、シノブ、できる限りの食糧を持ってきてくれ」
どうやらアイラ姉は二人を認めたようだ。
こうなるとアイラ姉に迷いはない。すぐに準備を進める。ちなみにアイラ姉は二人を奴隷にする気はない。
ただアイラ姉は無償の施しを嫌うのだ。
アイラ姉曰く······。
「無償の施しを受けた者はその場では感謝するだろう。しかしそれが続くと施しを受けることが当たり前になり、感謝することを忘れてしまう。だから私は人助けをする上でも対価を求める。無償の施しが必ずしも良い結果になるとは限らないのだ」
とのことだった。言ってることはわかる。アイラ姉は別に対価が欲しいわけではない。
あえて対価を求めることで相手に感謝の気持ちを忘れさせないようにしているんだ。
オレもアイラ姉の考えには共感している。それはともかく準備は整った。
食糧をできるだけと言っても、アイテムボックスがあるのでいくらでも持っていける。
このアイテムボックス、持てる数に制限がない上に、中に入れておけばアイテムの時間経過もない。
つまりアイテムボックスの中では食糧はいつまでも腐ることはないのだ。
それどころか出来立ての料理を入れておけば、いつでもそのまま食べられる。
すごく便利だ。
リュウとリエッタの案内で孤児院に向かう。
そんなに離れていなく、すぐ近くだった。孤児院はボロボロという訳ではないが、何度か修繕した後が目立つ古い建物だった。
見た感じ保育園みたいだな。
中にはリュウとリエッタよりも年下だと思われる子供達が30人近くいた。
みんなオレ達が入って来ると注目してきた。とりあえずは問題の院長さんだな。
病気だという話だし、奥の部屋で寝ているらしい。
院長の部屋に入る。院長は質素な布団で眠っていた。孤児達の母親的存在ということだったが、意外と若そうだ。
二十代後半か三十代前半くらいの年齢かな?
眠っているが、顔色が悪いのが一目でわかる。
しかし、それよりもその院長を看病している人物に目がいった。
「あ、あなた達は!?」
その人物が驚きの声をあげた。驚いたのはこっちもだ。何故ならその人物は聖女セーラの専属護衛騎士のリンだったからだ。
なんでリンがここにいるんだ?