70 回想 ~事の始まり~
――――――(side off)―――――――
周囲に結界を張り、外部との接触を完全に遮断していた町があった。
町の名はエイダスティア。
数百年前に魔王軍の侵略に合い、それから逃れるために町全体を結界で包み込み存在を隠したのだ。
それ以来現在に至るまでこのエイダスティアは外部との交流は一切なかった。
だが結界を張っていても自然発生する魔物が町に現れることがある。
そんな魔物と戦う人達を退魔士と呼んでいた。
しかし数百年の間に退魔の力を持つ使い手はどんどん減っていってしまう。
ついに使い手はロードテイン家とフランディスト家の二つの家系だけになってしまった。
天才と呼ばれ歴代の退魔士と比べても最強の力を持つロードテイン家。
天才には及ばないもののそれなりの力を持つ
フランディスト家。
両家は協力して町に現れる魔物を退治していった。
そして両家はそれぞれ同じ年に子供が生まれた。
天才の両親からはユウ=ロードテイン。
凡才の両親からはテリア=フランディスト。
だが秘めた魔力は真逆のものだった。
10才を過ぎた頃には魔法の力に大きな差がついていた。天才の両親を持つユウはとても弱い力しか持っていなかった。
逆にテリアはすでに天才と呼ばれるロードテイン家に匹敵する力を発揮していた。
「はっ!!」
「ギィアアアッ!!」
テリアの魔法で貫かれた魔物が叫び声をあげて倒れた。
「よくやったぞ、テリア」
テリアの両親がそれぞれ称賛した。
テリアの力はすでに両親のルーディルとマリアを上回っていた。
「さすがテリアちゃんね」「テリアちゃんがいればこの町も安泰だな」
町の人々も口々にテリアを褒め称えた。
「すごいよテリア、あんな魔物を一撃で倒すなんて」
ユウもテリアを心から称賛した。
「なに言ってるのよユウ、これからも一緒に戦うんだからアンタもこれくらい出来るようにならないと」
「でも······ぼくはテリアみたいに強くないよ······」
「そういう気弱なとこが駄目なのよ! アンタは天才の子供なんだから自分に自信を持ちなさいよ」
テリアが強く言う。
だがユウの力では今の魔物を倒すのは難しかっただろう。
「ロードテインさんの所のユウ君は相変わらずね」
「両親はあんなにすごいのになんで子供はああなのかね······」
ユウの評判はあまり良くなかった。
最初の頃は天才の子供と期待されていただけに今のユウに対する町の人々の反応はかなり冷たく見えた。
「大丈夫さユウ、お前だってきっとすごい力を秘めている。なんたって私達の息子なんだからな」
ユウの両親は二人ともとても優しい人物だった。
ユウもそんな両親に支えられ育っていった。
しかしこの一年後、悲劇が起こることになる。
町に今までにない程に強力な魔物が現れたのだ。
テリアの両親では歯が立たず、テリアでも相当に苦戦していた。
ユウの両親が到着したことでようやく勝機が出てきたくらいだ。
結果だけを言えば魔物を退治することはできた。
だがユウの両親はユウとテリアを庇って魔物の攻撃をまともに受けてしまい命を落とすことになった。
両親を失ったユウの悲しむ姿はとても直視できるものではなかった。
ユウはフランディスト家に支えられながらの生活を送っていくことになった。
その後テリアはますます腕を磨き続けユウの両親がいなくなった穴を埋めていった。
しかしユウの力は相変わらず進歩がなかった。
「もうロードテイン家も終わりだな」
ユウの両親が亡くなり、町の人々のユウに対する態度はますます悪化していた。
陰口を言うだけならまだマシな方だった。
中には魔法を使えるのにまったく活躍しないユウに対してあからさまにひどい対応をする者もいた。
テリアやテリアの両親はそんなユウを庇ったが町の人々の対応が変わることはなかった。
「ユウ、町の人達の言うことを気にしちゃダメよ······きっとみんなも本気で言ってないと思うわ。だからユウが強くなって見返せばいいのよ」
テリアが落ち込むユウを慰める。
「ねえテリア······なんでぼくは魔法が使えるってだけでこんな目に合うの? ······魔法を使えなければみんなと同じなのに」
「ユウ············」
「こんな魔物も倒せない、何もできない中途半端な力なら欲しくなかった! ぼくは普通に暮らしたかった······魔法なんて使えなければよかったのに·········」
ユウの言葉にテリアは返す言葉が見つからなかった。いつからだろうか。
ユウの笑顔を見ることがなくなった。
それからもテリアは毎日のようにユウを色々な所に連れ回した。
ユウの気分が少しでも晴れるように。
ユウに笑顔が戻るように。
しかしある日、いつものように二人で遊んでいた所に魔物が現れた。
魔物はすぐにテリアが倒した。
だがその時にユウを庇ったことでテリアは傷を負ってしまう。
死ぬ程ではないが血がかなり出ていて痛々しい傷だった。
「テリアちゃんにもしものことがあったらどうするつもりだ!」
それを見た町の人々からはユウに対して非難の声がとびかった。
ユウ自身は無傷でテリアがひどい傷を負っていたからである。
ユウは何も言い返せず、逃げるようにその日から家に閉じこもった。
「ぼくに力があれば······テリアはあんな怪我をしなかった······ぼくに力があれば······!」
ユウがつぶやくように言う。
「そうだ······裏庭の蔵に封印された魔道具がいくつかあったはず······もしかしたら魔法の力が強くなるものがあるかも············」
それから何日も経ち、テリアの傷は完治していた。
しかしユウは相変わらず家に閉じこもったままだ。
テリアが声をかけても何の反応も返ってこない。
今はそっとしておいた方がいいかもしれないと思いテリアはユウが出てくるまで静かに待つことにした。
さらに何日も経った頃、町に異常が起きた。
何体もの魔物が町のあちこちに現れ、暴れ出したのである。
こんなにも複数の魔物が同時に現れるのは初めてのことだ。
「手分けして退治しよう! 町の人々の安全を最優先でいく!」
ルーディルの指示でマリアやフランディスト家の退魔の師事を受けている弟子達がそれぞれ分かれて魔物退治に向かう。
テリアも独自に魔物退治に動く。
「はあっ!!」
テリアが手際良く魔物を次々と倒していく。
「······中央広場からすごい魔力の流れ······?」
テリアが何かを感じ取り町の中央広場へと向かった。
広場の中心地にはユウの姿があった。
「ユウ!?」
テリアが声をあげる。
家に閉じこもっていたユウが外に出ていたことに驚いたが、今はそれを指摘してる場合じゃない。
「テリア······?」
声に気付きユウがテリアの方に振り向く。
ユウの背後には魔物が迫っていた。
「あぶない、ユウ! マジックアロー!!」
テリアが一瞬で矢を放ち魔物を倒した。
「ユウ、ここは危険よ! 今町にはすごい数の魔物が現れてるのよ! こんな所でボーっとしてちゃダメよ!」
急かせるテリアに対してユウは冷静だった。
「すごいよテリア、やっぱりあの程度の魔物、テリアの敵じゃないね。······ならあれならどうかな?」
「············え?」
ユウが指差した方向から魔物が迫ってきていた。
それに気付いたテリアは素早く魔物を倒した。
「ちょっと待ってユウ······どういうことよ? まさかこの魔物、アンタが······」
今の魔物は明らかにユウの命令に従っていた。
そうにしか見えなかった。
つまり今町を襲っている魔物はユウが············。
「そうだよ。今のぼくにはそれだけの力があるんだ」
ユウが体内から凄まじい魔力を解放した。
今までのユウとは違う。
テリア以上の魔力を秘めているのがわかる。
「だからこんなことも出来るんだ!」
ユウが魔力を込めて上空に向けて解き放った。
―――――――――ビシィッ!!!
空の一部分にひび割れが走った。
「ま、まさか······結界を!?」
「今のじゃ駄目だったか······じゃあ今度はもっと魔力を込めないと······」
「ちょっ······やめなさいユウ!!」
再び魔力を込めるユウ。
それを止めようとするテリア。しかし一歩遅かった。
ユウは再び上空に向けて魔力を解き放った。
―――――――――――パキイィィンッ!!!
町全体を覆っていた結界は完全に砕け散った。
「な、なんてことを······」
テリアが呆然とつぶやいた。
「すごいでしょ? 数百年もこの町に張られていた強力な結界でも簡単に破壊できるんだよ。あっはははっ!」
ユウが無邪気に笑った。
違う············自分が見たかったユウの笑顔はこんなのじゃない。
テリアはそう思った。
今のユウは普通じゃない。
どう見ても明らかだった。
「今すぐに町を襲っている魔物をどうにかしなさいユウ! アンタの仕業ならできるはずでしょ!?」
「嫌だよテリア、どうにかしたいなら力ずくでぼくを止めてみせてよ」
テリアの言葉をユウは拒否した。
――――――ガガッ!!!
ユウの足下にテリアの放った魔法の矢が突き刺さる。
テリアが威嚇のために撃ったものだ。
本当にユウに当てる気はない。
「············次は当てるわよユウ!?」
「やってみせてよテリア」
テリアは次々と矢を放つ。
ユウは身軽にすべての攻撃をかわしていく。
二人の激しい戦いがしばらく続く。
その後、この場にレイ、シノブ、アイラの三人が駆けつけるのはもう間もなくであった。
―――――――(回想終了)―――――――――
(テリアside)
レイさん、シノブさん、外の世界から来た人達の助力もあって町を襲っていた魔物は撃退できた。
わたしはユウがいるという中央広場に向かっていた。
(今まで本気で救おうとしなかったくせに)
さっきのミリィの言葉が胸に刺さる。
そんなことない!
わたしはユウを救ってあげたかった!
そう言いたかったけど言えなかった。
たとえ町の人達全員がユウを罵倒してもわたしだけはユウの味方でいる。
わたしはユウを裏切らない。ユウはわたしを必要としてくれる。
そんな関係を壊したくなかった。
救おうとしなかった············そう言われてしまえばその通りだった。
町の人達がユウのことを受け入れてわたしが庇う必要がなくなること、わたしが守ってあげる必要がなくなることが怖かった。
そのせいでこんなことになるなんて······。
わたし······ユウのことが好きなんだ······。
頼りなく見えるけどそんなことは関係ない。
ユウと一緒にいる時間が心地良かった。
心地良すぎた。ユウを一人占めしたかった······。
ユウの気持ちも考えずに······。
ユウがこんなことになったのはわたしの責任だ。
だからわたしの手でケジメをつける。
ユウ······本気でこの町を、世界を壊したいって言うなら······まずはわたしを殺してからにしなさい!
「·········ユウ!!」
中央広場にたどり着いた。
その中心にユウはいた。
足元には見たこともない魔法陣が広がっている。
「やあテリア、ずいぶん早かったね。まだ儀式は途中なんだけど」
わたしの声に気付きユウが振り向いた。
その表情は笑顔だった。




