47 アルケミア視点の氷山攻略
(アルケミアside)
私はアルケミア=セントラール。
王都でも名門と言われるセントラール家の次女。
そしてリヴィア教の信者である私が聖女候補に選ばれるのは至極当然のことだったのですわ。
やはり女神リヴィア様も私が聖女となって民を導くよう言っているに違いありませんわね。
9つある試練も私ならば容易く達成してみせますわ。
しかし4つ目の試練で大きくつまずくことになってしまいました。
アルネージュの町の北にあるフリゼルート氷山。
その頂上で祈りの呪文を唱える。
試練の内容自体は簡単なものですわ。
ですが話には聞いていましたがフリゼルート氷山の環境は想像を絶するものでしたわ。
四度に渡る挑戦も半分も登れずに失敗に終わりました。
さすがはかつて不死身の竜を封印したと言われる場所。このままではまずいですわね。
もう一人の聖女候補であるセーラさんも4つ目の試練でつまずいているとのこと。
しかし向こうのは時期が限定されているというだけで達成は難しくはないはずです。
もう少しで満月の日になりセーラさんは試練を達成するでしょう。
このままでは先を越されてしまいますわ。
セーラさんの能力は認めますが心構えは決して上に立つ者の器ではありませんわ。
なんとしても私が先に聖女とならなければ············。
そんな時に耳にしたのがアルネージュの町の英雄の話。
数ヶ月前にこの町に来たという三人の冒険者。
正確にはこの町に来る前は冒険者ではなかったようですが。男性1人、女性2人のパーティーのようでその活躍は凄いものでしたわ。
町の様々な問題を解決し、あのオークキングのさらに上位種であるオークガイアをも討ち倒したという。
成長促進させるスキルも持っているらしく、そのため彼らと組んだ冒険者はわずかな期間で大幅なレベルアップをしているとのこと。
アルネージュの領主にも信頼されているようで領主直属の王国騎士団のレベルもかなりの上昇を見せているようですわ。
セーラさんも彼らと関わりがあるらしく、彼女のレベルは私でも鑑定できない程になっていました。
聖女の試練に関することで冒険者に依頼するというのは少々抵抗がありますがそんなことを言っている場合でもありませんわね。
この試練を達成するには彼らの力が必要でしょう。
冒険者ギルドで彼らを指名し、後日依頼の交渉となりました。初めて彼らを見た感想としては正直想像とは違う人物でした。
男性がレイさん。
女性がアイラさんとシノブさんですか。
レイさんとアイラさんの年は私と同じか少し下くらいでしょうか。
シノブさんに至っては完全に子供ですわね············。
もっと年配の方だと思っていたのでこれは意外でした。
彼らに神殿騎士が何人も負傷したこの依頼を任せて大丈夫でしょうか?
話してみると高度な教育を受けていると思われる程に礼儀正しい方達ですわ。
もしかしたら他国の貴族なのでは?
しかし他国の貴族が冒険者をしているなどおかしな話ですし。
それはともかく本当に噂のような実力はあるのでしょうか?
確かに鑑定不能になりますし相応の実力はあるのでしょうが············正直他の冒険者の方が見た目は強そうに見えます。
ですがギルドマスターも彼らを信頼しているようですし道中実力を確かめさせてもらいましょう。
実力不足ならすぐに引き返すことにしましょう。
交渉はスムーズに進み今日の昼には出発することになりました。
ですがやはり不安ですわね。
高レベルの騎士は前回までの挑戦でほとんどが神殿で療養中です。
他に連れて行けそうな人物は············ああ、そういえば一人いました。
先日違法を行っていた奴隷商を摘発した時に保護した奴隷。その中に一人だけ帰る場所がないと神殿に保護されたままの希少種族。
絶滅したと思われていた幻獣人族の少女。
名前はスミレ。まだ子供ですがレベルは65。
騎士隊長のレベルに匹敵する程の実力です。
彼女も私の護衛として連れていくことにしましょう。
約束の時間になり目的のフリゼルート氷山に向かいます。途中までは数人の騎士も来ますが彼らのレベルではフリゼルート氷山を登るのはとても無理でしょう。
フリゼルート氷山に着くと刺すような冷たい風が吹きます。まだ氷山の入り口だというのに凍える寒さです。
防寒用の魔道具に加え、私の着ているものには「炎」属性の魔法が付与されています。
スミレの服も同様です。
それでも尚寒さを感じるのですから過酷な環境ですわ。
レイさん達は町にいる時と同じ服装ですが防寒しなくて大丈夫なのでしょうか?
山を登り始めると寒気がさらに増し、魔物も出てきました。この氷山の魔物はほとんどがレベル30超えで騎士数人がかりで倒すような強さです。
しかもこの寒さでまともに身体を動かせるはずもなく前回は苦戦の連続でした。
そんな状況で彼らは余裕で魔物を倒していましたわ。
噂通りの実力ですわね。
その上ちょっと魔物を倒しただけで私のレベルが簡単に上がりましたわ。
成長促進させるスキルを持っているといっても早すぎるレベルアップですわ············。
しばらく進むと吹雪で周囲がまったく見えなくなりました。レイさんがちょうど良い洞穴を見つけたのでそこに結界魔法を張り休むことにしましたわ。
しかしこんな高度な結界をいとも簡単に張るなんて······
「あなた方はどこの国の出身なんですの? 調べても詳しくはわかりませんでしたのよ」
「申し訳ないが私達は自分の素性を詳しく語る気はありません」
気になったので聞いてみましたがやはり簡単には教えてはくれませんか。
しかしこれ程の実力者、取り込もうとする者はたくさんいるでしょう。
いっそ彼らを説得して私の専属護衛にでも············いけませんわ······眠くなって······きま······し············。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どうやら私はあの後眠ってしまったようです。目を覚ました時には吹雪はおさまり、すでに夜が明け朝になっていましたわ。
すぐに出発しましょう。
そう動こうとしたらアイラさんに止められました。
「お待ちをアルケミア殿、先に朝食の準備が出来ているので」
見ると他のみなさんも起きていて朝食の準備をしていました。
どこからこんなものを用意したのです?
聞くと収納魔法が使えるらしく、しかも収納している時は時間経過がなく食料はいつでも新鮮な状態で出せるとか。
収納魔法に時間経過がないなんて初めて聞きましたが······。
「昨日のハムエッグの残りと非常食用に作っていた食パンをどうぞ」
············美味しそうな匂いですわね。
「せっかくですがお渡しできる対価が今は用意できないのですけど······」
「いえ、我々の依頼はアルケミア殿の護衛だ。依頼主の健康を気遣うのは当然のこと、気になさらずに」
「しかしそれでは············」
そう言った所で私のお腹がきゅ~~と鳴りました。
············一生の不覚ですわ。
昨日は何も食べずに眠ってしまったので確かにお腹がすいています。
「······わかりましたわ。ありがたくいただきます」
······恥ずかしいですわ。
そしてとても美味しいです。
この食パン、信じられないくらい柔らかく食べやすいですわ。
パンってもっとカチカチのものじゃありませんでしたか?
ハムエッグとやらもとても美味ですわ。
隣でスミレが無表情で凄い勢いで食べています。
この子、こんなに大食いでしたか?
朝食を終えて再び頂上目指して進みます。
今までの挑戦が何だったのかという程順調に進めていますわ。
出てくる魔物も強力なはずなのに彼らの前では敵ではありませんわね。
しかし道が険しく疲労が溜まっていきますわ···
彼ら三人、そしてスミレもあまり疲れているようには見えません。
私だけが足手まといになってしまって少し悔しいですわ。
「············っ」
足下の石につまずき転んでしまいました。
やはり疲労は隠せませんか。
「大丈夫? オレの背中につかまって、背負うよ」
「えっ······?」
「よっと」
レイさんが私を背負いました。
突然のことで胸がドキドキしますわ············
「もしかして男に触れられるのとか嫌だった?」
「い、いえ、そんなことはありませんわ」
そのままレイさんに背負われて先へ進みます。
わ、私重くはないでしょうか?
男性の背中ってこんなにたくましいのですわね。
私を背負ってもレイさんはペースを落とすことなく進んでいきます。
アイラさんが私を羨ましそうに見ている気がするのは気のせいでしょうか?
順調に頂上を目指していきます。
そんなふうに進んでいくと山道に先程の洞穴とは違う洞窟がありました。
他に進めそうな道はなく、どうやら頂上に行くにはこの洞窟を抜ける必要があるみたいですわね。
「あの、レイさん············もう大丈夫ですから降ろしてください」
レイさんの背中から降り、自分の足で立ちます。
洞窟の中は外の寒気が入ってこない分少し暖かいですわ。
あくまで外よりはマシ程度ですが。
洞窟内はいくつも分かれ道があり複雑ですが彼らは迷わずに進んでいきます。
適当に進んでいるわけではなさそうですわ。
何故道がわかるのでしょうか?
―――――――ズズズッ
洞窟内が不気味に揺れました。
「地震かな?」
「いや、地震にしては違和感があったぞ」
レイさんとアイラさんが周囲を警戒します。
確かに今の揺れはまるで巨大な何かが動いたような感じでしたわね。
そういえば洞窟内には魔物が一匹もいませんわ。
外ではあれだけ襲ってきたのに変ですわ。
まるで魔物達が何かに恐れてここに近付かないような······。
そのまま警戒しながら進んでいくと大部屋のような広間に出ました。
洞窟内とは思えないくらい整った空間ですわ。
そしてその中央に巨大な竜の石像がありました。
巨大な胴体を中心に八つの首を持つ竜。
これは複数の首を持つ竜の魔物ヒュドラですわね。
しかしヒュドラの首は普通は三つから多くても五つ。
八つの首を持つというのは異常ですわ。
―――――――ズズズッ
石像が不気味に揺れましたわ。
先程の揺れはこれでしたか。
しかし何故石像が揺れるのですか?
竜の胴体部分には一本の立派な剣が突き刺さっています。
まさかこれが封印されたという不死身の竜なのですか?
――――――――ズズズッ!!
揺れがさらに大きくなっています。
これはまさか封印が解けかかっているのでは?
だとしたら非常にまずい事態ですわ。
もしここでこんな恐ろしい竜の封印が解けたらいくら彼らでも勝ち目はないでしょう。