勇者(候補)ユウの冒険章⑦ 6 マティアの主人?
――――――――(side off)――――――――
「グライス、出来る限り静かに回収しろと言ったはずだが、この騒ぎはなんだ? それにプルルスはどうした?」
「――――――ガスト、やはり私一人では荷が重い。プルルスはどこかに遊びに行った」
突如現れた魔人族の男の問いに、グライスが淡々と答えた。男は周囲を見回し、頭を抱えた。
「············まったく、トゥーレミシア様もよりによって扱いづらい二人を寄越してくれたものだ。これならパールスやフラウムの方がまだ扱いやすかった」
「――――――私、役立たず? いらない子?」
「こんなところで落ち込むな! お前は役に立つ、少なくとも戦闘面は申し分ない」
グライスが沈んだ表情で座り込んでしまい、慌てた様子で男が慰めた。
その場面だけ見ると、まるで父親と娘のようだ。
「お主、魔人族じゃな。魔人族が我が国に何の用じゃ? 前回の神将の件に対する報復か? そもそもどうやって都に入ってきたのじゃ? 都に入ってくる者は厳しくチェックしているはずじゃが······」
シャルルアが問い質すが、男はそれに答えずにマティアに目を向けた。
「おお······バルフィーユ殿の言っていた通り、本当に起動していたのだな。マティア、俺を覚えているか?」
「························だれ?」
男は喜色満面の笑みをうかべているが、当のマティアは首を傾げていた。
「やはり記憶は残っていないか。いや、勇者と行動を共にしているということは上書きされた可能性もあるな······。そうなると······」
「ええい、妾を無視するでないわ! この包囲から逃れられると思うな! 捕えて、たっぷり尋問してくれる」
ブツブツと独り言をつぶやく男に対して、シャルルアが怒りを露わにする。
すでに男とグライスの周囲は龍人族の戦士達、そして聖女セーラ率いる神殿騎士達によって包囲されていた。
「ふん、俺は龍人族や聖女などに用はない。さあ来い、マティア。誰が主人が思い出させてやる」
「··················あ······」
男が睨みつけるとマティアは力が抜けたように、言われるがままに歩み寄る。
まるで暗示でもかかったかのように、マティアは男に従っている。
「マーティ、どうしたですかぁ!?」
「そんな魔人に従う必要ないわよ、マティア!?」
ミリィとエレナが呼び止めるが、マティアの耳にはその言葉が届いていないように無反応だ。
シャルルアや聖女セーラ達は、魔人族の男とグライスを捕えるべく動く。
「グライス、邪魔する奴らは全員殲滅して構わん。今の俺は力の大半を失ってしまった状態で戦えん。役立たずと思われたくなかったら仮の指揮者である俺を全力で護衛しろ」
「――――――命令を受諾。がんばる、私は役に立つ」
男の言葉に落ち込んでいたグライスは一瞬で立ち直り、魔力を高めて龍人族の戦士達と神殿騎士を迎え撃った。
グライスの圧倒的な力の前に、龍人族と神殿騎士達は次々と倒れ伏してしまう。
「皆さん、下がってください! 迂闊に近寄っては危険です」
セーラとエレナの「聖」魔法の癒やしによって犠牲者は出ていないが、グライスの強さは異常で、やはり並の戦士達では太刀打ちできない。
「逃さないわ! ホーリーリュオーラ!!!」
エレナが命令している男を無力化するために、「聖」属性の最上級魔法を放った。
グライスの力は異常だが、魔人族の男の方はそこまでの力を感じないことをエレナは気付いていた。
「ふん、聖女の力は研究済みだ。「聖」魔法など俺には無力だ」
男が懐から液体の入った小さな瓶を取り出して、中身をぶちまけると霧が発生し、エレナの「聖」魔法を遮り、無効化してしまった。
「グライス、実験体は回収した。もうここに用はない。さっさと引き上げるぞ」
「――――――了解。戦線を離脱する」
グライスが男とマティアを抱えると、翼を広げて飛び上がった。
「ああっ······待て!? みすみす逃しはせぬぞ!」
シャルルア達が追いかけようとするが、グライスの飛行スピードはあまりに速く、あっという間に視界から消えていった。
シャルルア達は為す術もなく魔人族の男を取り逃がし、マティアを拐われてしまった。