閑話⑮ 9 トラブル解決?(※)
※(注)変態男が登場します。
かなりお見苦しい表現もありますので苦手な方は飛ばしてください。
(シノブside)
アーテル殿とアルブス殿が町を見て回りたいということで、拙者も師匠に付き添って一緒にクラントールの散策に出かけたでござる。
初めて訪れた時は閑散としていて、楽しい雰囲気はまるでなかったのでござるが、今は人も集まり活気溢れている様子でござる。
雑貨屋などを回り、なかなかに珍しい物も見れて楽しめたでござる。
アーテル殿とアルブス殿も満足そうにしているので、よかったでござるな。
そうしてそろそろ屋敷に帰ろうとしたところ、トラブルが起きたでござる。
何やら向かいの定食屋で、貴族と思われる女性が文句を言っているようでござる。
自分を優先しろだの、平民は追い出せだの、自分勝手な言葉が聞こえてくるでござるな。
貴族令嬢の周りの取り巻きの方々も、そうだそうだと囃し立てているでござる。
少々目に余る行為でござるが、拙者達がわざわざ首を突っ込む程のものでもない。
師匠もそう考えていたようで、余計な口出しはしないつもりだったのでござるが、そう言っていられない状況になってしまったのでござる。
「――――――始末する?」
「――――――殲滅しますか?」
アーテル殿とアルブス殿が禍々しい武器を取り出して、物騒なことを言い出したでござる。
これは冗談や脅しなどではなく、本気で言っているでござるな。
お二人の真の主であるトゥーレミシア殿が、ああいった自分勝手な振る舞いをする輩は始末してよいと指示しているようで、これは止めなければ本気で実行しそうでござる。
師匠も慌てて二人を止めようと説得しているでござるが、どうやら納得していない様子。
拙者も全力で二人の説得にあたるでござる。
「お二人とも、ここは人族の国でござるから穏便に済ませるべきでござるよ」
「――――――シノブ、ああいう輩は排除すべき」
「――――――自身の身体でもって己が行いを悔い改めさせるべきです。全身を切り刻めば、大抵は大人しくなります」
もしかして魔人領とやらでも、そうやってきたのでござるか?
確かに言ってわからぬ者には身体でわからせるというのも理解出来るでござるが、悔い改めさせるどころか殺してしまいそうでござる。
これは師匠と一緒に全力で止めなければ······おや?
師匠の姿がいつの間にか消えているでござる。
一体どこへ······?
「私を誰だと思っているのよ!? お腹空いてるんだから早くしなさいよ! そもそもなんでこの町、平民と貴族が食事をする場所が同じなのよ!」
そんな拙者達の苦労を知らず、貴族令嬢殿はまだ自分勝手なことを言っているでござる。
この町の貴族が平民に対して、態度が軟化しているのはアイラ殿の活躍によるものでござるが、他の町から来た貴族にはまだ通用しないのでござるな。
「お待たせしました。料理をお持ちしました」
「やっと来たのね。どれだけ待たせたと思って············きゃあああっ!!??」
料理を持ってきた男性の言葉を聞いて、貴族令嬢殿がそちらに顔を向けたのでござるが、その男性を見て表情が固まり、次の瞬間叫び声をあげたでござる。
料理を持ってきた男性は店員ではなかったのでござる。
「おや? そんな大声を出されて一体どうしたのですかな?」
「だ、だ、だ······誰よ貴方は!? そ、そんな裸同然の、はしたない格好して!」
貴族令嬢が言うように、男性は下着一枚の裸同然の姿をした仮面を被った人物······そう、正義の仮面殿でござった。
い、いつの間に······。
行動が早いでござるな。
貴族令嬢はもちろん、取り巻きの方々も、そして周りの一般客達も正義の仮面殿の登場に動揺しているでござる。
一般客の中には、正義の仮面殿を知っている方も何人かいる様子。
そういえば、この町でもあの姿で何度か活躍されているのでござったな。
「私の名は正義の仮面。先ほどまでの貴女の自分勝手な行いは目に余ります。貴女には相応のお仕置きが必要のようですな」
「あ、貴方のどこが正義の味方よ! まさかそんな格好で私に襲いかかるつもり!?」
顔を隠した裸同然の男性が突然現れたら、この反応も当然でござるな。
しかし落ち着いてきたのか、貴族令嬢はだんだんと強気な態度になっているでござる。
「私に手を出したらタダじゃ済まないわよ。貴方みたいな訳の分からない男の首なんて簡単に飛ばせるのよ」
貴族令嬢のレベルはそれほど高くはないので、首を飛ばすといっても物理的なものではなく、おそらくは権力を振りかざすという意味でござるな。
取り巻きの反応を見る限り、貴族としての地位が高いようでござる。
「ご安心を。手荒な真似をするつもりはありません」
「じゃあ、さっさと私の前から消えなさいよ、いつまでもその姿を見ていたくないし、今なら見逃してあげるわ。············そういえば料理を持ってきたって言ってたわね。よく見たら美味しそうな物を持ってるじゃない」
裸同然の格好のせいで注目されていなかったでござるが、正義の仮面殿は美味しそうな料理が盛られたお皿を持っていたでござる。
あれは師匠達の作物畑から採れた野菜をふんだんに盛り、色々なお肉を混ぜた肉野菜炒めでござるな。
店で注文出来る料理ではなく、拙者達の朝食で出ていたものでござる。
お腹が空いていると言っていたようでござるし、貴族令嬢は食欲に負けそうな表情でござる。
「これは特別な料理で、食べた者は心を洗われ改心させることが出来ます。これを食べれば貴女も自らの行いを反省し、悔い改めることができるでしょう」
「本気で言ってるの? 美味しそうなのは認めるけど、そんな特別な料理には見えないわよ。本当に私が心変わりすると思ってるわけ?」
「私は嘘は申しません。もし、この料理を口にしても何の心境の変化が現れなければ私は貴女に謝罪し、どんな仕打ちも受け入れましょう」
「な、なかなか言うわね。私に悔い改めることなんてないけど、そこまで言うなら食べてあげてもいいわよ」
強気な態度でそう言う貴族令嬢。
確かに美味しそうでござるが、さすがにそれで先ほどの行いを悔い改めるとは思えないのでござるが?
悪いとも思っていないことを、悔い改めることなんてないでござろうから。
「ではどうぞ、お食べください」
「えっ······?」
普通に食べさせるのではなく、正義の仮面殿は皿の上の料理をとんでもないところに収めて貴族令嬢に差し出したでござる。
おおぅ······そ、それはちょっと······刺激が強すぎるでござるな······。
正義の仮面殿の突然の行動に状況が理解できておらず、貴族令嬢はキョトンとしていたでござるが、すぐに表情を変えて悲鳴をあげたでござる。
「きゃあああっ!!? し、信じられない······貴方、なんてことしてるのよ!!」
「どうしましたか? 遠慮はいりませんよ」
「ちょっ······やめ!? それを近付けないで!!? そ、そんなの食べられるわけないでしょっ!!?」
叫び声をあげる貴族令嬢に構わず、正義の仮面殿はどんどん迫っていくでござる。
「あ、あなた達、何黙って見てるのよ!? 早くこの変質者をなんとかしなさい!!」
貴族令嬢は取り巻き達に助けを求めたでござる。
呆然としていた男性の取り巻きの何人かが、その言葉を聞いて正気に戻り、正義の仮面殿を止めるために動いたでござる。
取り巻きの男性達のレベルはそこそこ高いでござるが、正義の仮面殿に敵うはずもなく、あっという間に叩き伏せられたでござる。
「さあ、邪魔が入りましたが、もう大丈夫です。どうぞ、お食べ下さい」
「ひぃぃっ······!!? だ、誰か······私を助けなさいよっ!?」
取り巻きの者達を叩き伏せる時、結構激しく動いていたでござるが、料理は溢れることなく収まったままでござった。
そして、もはや貴族令嬢の表情は恐怖に引き攣っているでござる。
貴族令嬢は取り巻きだけでなく、周りのお客さん達にも助けを求めているでござるが、誰も動こうとしないでござる。
お客さん達も状況について行けず、動けないと言った方が正しいでござるな。
「わ、わかった······私が悪かったわ。貴方の言う通り悔い改めるから、だからや······やめ」
「さあ、遠慮なさらずにどうぞ」
「ぎゃああああっっっ!!!???」
貴族令嬢は謝罪の言葉を言いかけたようでござるが、それよりも先に料理を差し出され、悲鳴が響き渡ったでござる。
···························合掌。
やはり自分勝手な行いで周りに迷惑をかけた者は、報いを受けるのでござるな。
「さあ、彼女はこの通り、自らの行いを悔い改め反省しています。あなた方も、これからは人に迷惑をかけるような行為はやめることです。よろしいですな?」
「「「は、はいっ!!?」」」
正義の仮面殿が貴族令嬢の取り巻き達にそう言い、全員反射的に頷いたでござる。
ちなみに貴族令嬢はピクピクと痙攣しながら、完全に気を失っているでござる。
食べ物を粗末にすることはなかった、とだけ言っておくでござる。
なかなかに憐れな姿でござるが、アーテル殿とアルブス殿に粛清されるよりはマシでござるよな?
「――――――なるほど、あれが平和的な解決」
「――――――対象を傷つけることなく無力化するのですね。お見事です」
お二人も納得しているようなので、拙者もこれでよかったのだと思うことにするでござる。
しかし、ここまで騒ぎが大きくなってしまうと、後始末も大変そうでござる。
あの貴族令嬢はかなり位の高い家柄らしいので、逆恨みで店の方々に迷惑がかかる可能性もあるでござる。
「事情は聞きましたわ。後はわたくしにお任せくださいませ」
そう考えていたところに、金髪のドリルのような髪型をした女性が現れたでござる。
あの方は確か以前に拙者達の屋敷に来たことのある人物でござるな。
名前は······忘れてしまったでござる。
「これはこれは、マレット殿でしたな?」
「まあ、わたくしの名前を覚えてくださっていたのですわね。正義の仮面様♡」
ああ、マレット殿という名でござったな。
確かクラントールの領主に次ぐ、大貴族の娘さんであったな。
取り巻き達も 「え······あのライランクス家の」とつぶやいて青ざめた表情をしているので、そこの令嬢よりも貴族の位が高いようでござる。
「この狼藉者達の処罰はわたくしにお任せください。この町のルールを徹底的に叩き込んでおきますわ」
「わかりました、後のことはお願いします。私は次なる使命があるのでこれで失礼します。では!」
後始末をマレット殿に任せて、正義の仮面殿は去っていったでござる。
これで一件落着と見てよさそうでござるな。
何やらマレット殿が恋する乙女のような表情で、正義の仮面殿が走り去った方を見ているのが気になるでござるが。