45 フリゼルート氷山へ出発
「フリゼルート氷山?」
「そうですわ。その頂上まで私の護衛をお願いしたいのです」
フリゼルート氷山とはアルネージュの町の北にそびえ立つ山のことだ。
一年中、雪と氷で覆われたかなり苛酷な環境の山らしい。
氷山というより普通に雪山だな。
標高はおよそ4500メートルだとか。
かなり高い山だな。
その上強力な魔物も多く出るため人が近付くことはまずない所だそうだ。
「何故、その山の頂上に?」
アイラ姉が問う。
「話さないわけにはいきませんわね。これは聖女になるための試練なのですわ。フリゼルート氷山の頂きで祈りの呪文を唱える、という」
聖女の試練か············。
そういえばセーラも試練のためにこの町に来たんだったな。セーラの場合は確か3つの月がすべて真円に輝く時に、エルティオ湖の畔で聖なる舞を舞う············だったかな。
リンに教えてもらった。
試練は全部で9つあり、内容もそれぞれの聖女によって違うらしい。
セーラもアルケミアもすでに3つ終えていて、今回のが4つ目になるそうだ。
「何故我々に護衛を? そちらの騎士達では駄目なのですか?」
アイラ姉の言葉に、アルケミアの後ろにいる騎士達が苦い表情をする。
「············この町に来てすでに2ヶ月以上経ちますわ。その間、四度頂上を目指しましたがすべて失敗しています」
どうやらすでに騎士を護衛につけて頂上を目指したらしい。
しかしあまりに苛酷な環境に耐えられなかったようだ。
「騎士が悪いわけじゃねえよ。ただでさえ歩くだけでも厳しい環境な上に、出てくる魔物も強力だ。そう簡単に頂上に行けるわけねえよ」
ギルドマスターが騎士をフォローする。
なるほどだから金貨500枚か············。
4回に渡る挑戦で死者こそ出てないらしいが、腕に覚えのある神殿騎士のほとんどは負傷してしまったようだ。
「早く正式な聖女にならなければならない今、これ以上手間取るわけにはいきません。だから英雄と言われているあなた方にお願いしたいのですわ」
冷静な感じを装っているが、どうやらアルケミアは焦っているようだな。
聖女になるということがどんな意味を持つのかはセーラ達にも詳しく聞いていないので知らないが、別に悪いことではないだろう。
ならこの依頼断る理由は特にないな。
アイラ姉がオレとシノブに視線を向けてきたので頷く。
「話はわかりました。そういう事情ならお引き受けしよう」
オレ達はアルケミアの依頼を受けることにした。
出発はいつにするかという話になったが、アルケミアの方はすでに準備は出来ているとのことなのでオレ達次第だそうだ。
オレ達としてもすぐにでも問題はない。
なので今日の昼頃に出発することになった。
一旦家に戻り準備を始める。
とりあえず山登りに必要なものを一通り揃えるか。
アイラ姉とシノブもそれぞれ支度をする。
あと、念の為に念話でリンに連絡しておくか。
―――――リン、今ちょっといいかな?
―――――!? レイさんですか、どうしたんですか?
オレとリンは加護スキルの効果で、離れていても頭の中で会話が出来る。
どのくらいの距離まで繋がるかはわからないが、少なくともこの町の中ならばどこでも会話が出来た。
リンについさっきのアルケミアの依頼について説明した。
―――――そうだったんですか。レイさん達に依頼したんですね、アルケミア様············。
―――――ああ、それでリンに聞いておきたかったんだけど、オレ達がアルケミアに協力するのって何か問題あったりするかなって。
三人いるという聖女候補。一人が正式な聖女になったら残りは用無しとか、そんなんだったら嫌だな。
―――――いえ、そういうことはありません。複数の聖女様が存在していた時代もありましたし。確かに最初に聖女様になられた方が一番発言力があるでしょうけど。
リンからそんな答えが返ってきた。
どうやら聖女は唯一無二の存在というわけではないようだ。
―――――結局聖女ってどういうものなの?
―――――女神様の力を受け継ぎ、魔を祓い人々に平和と安らぎをもたらす存在、と言われています。すべての試練を終えると神託を授かるそうなんですけど······すみません、わたしも詳しくは知らないんです。
どうやら秘密が多いみたいだな。
まあ細かいことはいいか。
オレ達がアルケミアに協力することでセーラの立場が悪くなるとかそういうことはないようだし、それがわかればいいや。
その後はある程度雑談をかわして念話を終えた。
準備を終え、時間となったのでオレ達は待ち合わせの場所まで行く。
アルネージュの町を出た入り口付近にアルケミア達がすでに待っていた。
豪華そうな馬車に数人の騎士と一緒に。
もっとも馬車で向かうのは山のふもとまでで当然、登山は徒歩だ。
おや? アルケミアと騎士の他にさっきいなかった少女がいるぞ。
「お待たせしたようですまない。ところで、その少女は?」
アイラ姉がアルケミアに問う。
「この子は私の専属護衛の代わりですわ。こう見えて足手まといにはならないと思いますので、お気になさらず」
専属護衛、セーラとリンのような関係だろうか?
と思ったが少し違うらしい。
「······スミレ。ボクの名前」
ボソッとした感じで少女が言う。
見た感じシノブと同じくらいの年かな?
濃い茶色のおかっぱの髪型で目付きが少々鋭い。
[スミレ] レベル65
〈体力〉2800/2800
〈力〉750〈敏捷〉920〈魔力〉480
〈スキル〉
(幻獣化〈✕〉)(身体強化〈小〉)
(状態異常耐性〈中〉)
かなり強いな、この子!?
他の騎士はレベル30前後なのに倍くらいあるぞ。
それに気になるスキルがある。
(幻獣化)
幻獣人族がその力を解放し、本来の姿へと変化する。
リンの持つスキル(獣化)とほぼ同じ内容だが、この子は(幻獣化)か······。
スキルに付いている〈✕〉表示は現在使用出来ないという意味らしい。
種族名をクリックしたら説明がでた。
〈幻獣人族〉
高い戦闘能力を持つ獣人の特異種族。確認された個体は非常に少なく、すでに絶滅したとも言われている。
いや、目の前にいるよ。絶滅してないじゃん。
でもリンやミャオさんとは違い、獣耳など獣人の特徴はなく普通の人間に見える。
これだけのステータスなら護衛としての力はあるな。
色々と気になることがあるが、特に気になったのは首に付いているアクセサリーだ。
「護衛······だが、その子の首には奴隷の首輪が付いているようだが?」
アイラ姉も気になったようだ。
このスミレという子にはスカーフで見えにくくしているが、奴隷の印である隷属の首輪があった。
「この子は先日摘発された違法な奴隷商に捕らえられていた一人ですわ。他の奴隷にされていた人達は全員帰るべき所に帰しましたが、この子だけは行くアテがないそうなので、一時的に私の護衛をさせていますのよ」
違法な奴隷商か。
ひょっとして先日冒険者のレベル上げのために何組かと組んで盗賊団を捕らえたけど、そいつらと繋がってた奴らかな?
後始末は領主やセーラ達に任せてたから詳しいことは聞いてなかったけど。
アルケミアにもセーラと同じく専属の護衛がいるらしいが、前回の登山で怪我をしてしまい、今は神殿で療養中だとか。
だからその人が復帰するまでの代わりらしい。
「見た目は幼いですし頼りなく見えますが、この子は人族ではなく高い戦闘能力を持つ希少種族なので心配はいりませんわ」
アルケミアもこの子が幻獣人族だと知っているみたいだな。
隷属の首輪には主人の登録が出来て、今はアルケミアが主人になっているらしい。
奴隷は主人の命令には逆らえない。
逆らえばよくて苦痛、悪ければ死が待っている。
裏切られる可能性を考えたら、聖女の立場として主人登録は当然か。
でもスミレ自身は奴隷の立場をどう思っているのかな?
まあ、本来の専属護衛が復帰すれば奴隷の首輪は外すつもりらしいし、そこまで気にすることはないかな。
「私はアイラだ。こちらはレイにシノブだ」
「ん、よろしく······」
無表情で頷くスミレ。
何を考えているのかよくわからないな。
まあ何はともあれ、目的のフリゼルート氷山に向かうことになった。