383 ミールの胸騒ぎ
魔物の粘液まみれになりながら、オレ達は迷宮を脱出した。(全状態異常無効)スキルの影響か、オレは粘液まみれでも足を滑らせたり、武器を取り落とすといったことはなかった。ヌルヌル感はあるので、普通に気持ち悪いけど······。
「············思っていたよりも遅いから心配していたのだが、ずいぶんな出で立ちだな。何があった?」
転移魔法で迷宮を脱出すると、さっそくアイラ姉達に見つかり説明を求められた。
まあ、皆揃ってこんな状態だもんな。
別にやましいことはしていないので、ありのままに話した。
「迷宮内でそういうプレイでもしていたのかと思いましたよ」
冗談混じりにミールがそう言ってきた。
······そういうプレイって、どういうことだろうか?
「話なら後でしましょうよー。早く身体を洗いたいですー」
ミウは特に粘液まみれになっていたので、早く温泉で身体を洗いたいと訴える。
一応、洗浄魔法で洗い落としてから転移してきたのだが、まるで効果がなく、ヌメヌメ感が全然取れていない。
かなり特殊で強力な粘液のようだ。
「まあそうだな······。レイも、全員一度温泉に入ってきた方がいいだろうな」
「アイラ〜、せっかくだし一緒に入りましょう〜」
「ちょっ······キリシェ!? その姿で抱きついてくるな······!」
キリシェさんに抱きつかれて、アイラ姉にまで粘液の被害が及んだ。
「――――――サフィ、パールス。みんな一緒にヌルヌルしよう!」
「にししっ、楽しいよ〜!」
「――――――やめてください、この感覚は何やら不快です」
「――――――ちょっ······二人とも、やめて〜な」
向こうではヴェルデとメリッサがサフィルスとパールスに抱きついて、身体についた粘液をなすりつけていた。
阿鼻叫喚な状況と言うべきかな?
そう思って見ていたら、ミールが不意打ちでオレに抱きついてきた。
「ミール、カエルの粘液がついちゃうけど?」
もう遅いかもしれないけど。
「構いませんよ。みんなで温泉に入ればいいじゃないですか」
ミールがしれっとそう言った。
あれ? これってオレも一緒に入って、みんなで混浴の流れか?
そんなわけはなく、オレは一人寂しく男湯に入っていた。当然だが、混浴はアイラ姉が許さなかった。
ホッとしたような残念なような。
ユーリはオレ達が迷宮攻略している間に入っていたようで、二回も入る必要はないということで、ここにはいない。
女湯の方は二回目だろうが関係なく、粘液の被害を受けていない面々も一緒に入っているので、かなりの大人数となっていた。
防音魔法越しでも楽しそうな、騒がしい声が聞こえてくるので、余計に寂しく感じる。
ちなみにフウゲツさんは、結界の様子を見るためにゲンライさん達の所に行ったので入っていない。
せめてユヅキがいれば······それでも寂しいかな。
レニーは誰かと一緒に入るのは恥ずかしいのか、嫌がっているみたいだし、そもそも男なのかもわからないんだよな。
何故か性別を隠しているような感じなんだけど、何か知られたくない理由でもあるのかな?
男でも女でも、オレは気にしないんだけど。
「寂しそうですね。それとものんびりしているところを邪魔しちゃいましたか?」
そう考えていたところで声をかけられた。
この声は······。
「ミール······男湯に入ってきたら、またアイラ姉に怒られるぞ?」
バスタオルを巻いたミールが隣に立っていた。
こういう状況に慣れてきてしまったのか、オレはそれほど驚いていないようだ。
「聞いての通り女湯は賑やかですから、ワタシ一人いなくなっても、しばらく気付かないと思いますよ。それにアイラさんはキリシェさんの相手に忙しそうでしたし、それどころではないでしょう」
いや、普通に気付くと思うぞ?
キリシェさんの相手をしているアイラ姉は、確かにそれどころじゃないかもしれないが。
「隣、いいですか?」
オレの返事を待たずにミールが湯船に入ってきた。躊躇なくバスタオルを取り、自然に隣に浸かってきたので反応できなかった。
やっぱり慣れていないな。
ミールに視線を向けられず、心臓の鼓動が早くなっている。
「温泉から出たら迷宮攻略を再開すると思いますが、その時は今度こそ、ワタシもご一緒させてもらいますからね」
この状況で何をしてくるかと思っていたら、真面目な口調でミールが言った。
神樹の迷宮は全300階層で、現在290階層まで攻略済みだ。
残り10階層······メンバーはまだ決めていないが。
「胸騒ぎというか······うまく言えませんが、神樹の迷宮の守護者をこの目で見たいんです」
「迷宮の守護者を?」
「エルフの里には神樹によく似た、世界樹という大木があることは話しましたよね? 世界樹には精霊が宿っており、エルフの里周辺の森は精霊によって守られているのですが······」
世界樹のことは聞いた覚えがあるが、精霊云々は初耳のような気がする。
オレが覚えてないだけかな?
「神樹から世界樹と同じく、精霊の気配が感じられるんです。その精霊が何かを訴えかけている気がして······」
ひょっとして、その精霊とやらが迷宮の守護者なのかな?
「今のワタシなら精霊の声を聞けるはずですから、そのことを確かめたいんです」
ミールにしては珍しく、少し取り乱しているようにオレに迫りながら、そう言ってきた。
ミールは真剣に話しているので、こんなこと考えている時じゃないのかもしれないが、当然だがミールは裸で、今はバスタオルも身につけていない状態で······。
そんな状態で迫って来られると、色々とマズい状況になる。
「······!! す、すみません······ワタシとしたことが、少しばかし動揺していたみたいです」
今の状況にようやく気付いたように、ミールが恥じらいながら離れた。
普段なら無表情で迫って来るけど、不意打ちのような状況だと、さすがにミールも恥ずかしいようだ。
「――――――ああ〜、残念やわ〜。男女の営みが間近で見られる思うたのに〜」
「「!!?」」
突然の声に、オレとミールは同時にビクッと反応した。声のした方に視線を向けると、バスタオル姿のパールスが意味深な笑みをうかべて、こちらを見ていた。
いつの間に······全然気付かなかった。
「パールスさん、いつからそこに?」
「――――――ついさっきやで〜。面白そうなことになっとったから魅入ってもうたわ。(魅了)はウチの特権やのに、さすが主人はんやわ〜。ああ、もうじきアイラはんも来ると思うで〜? 主人はんとミールはんが男湯で一緒にいるのに気付いとったみたいやから」
ミールの問いにパールスがそう答えた。
それと同時に入口の扉が勢いよく開き、ミールとパールス同様にバスタオル姿のアイラ姉が入ってきた。
「レイ、ミール! な・に・を・し・て・い・る!?」
いつものごとく弁解の余地を与えてもらえず、オレとミールはこってり絞られることになった。