322 その頃の幻獣人族の里 〜狂魔人の襲来⑨〜
(アイラside)
「それよりも············お久しぶりですね、バルフィーユさん。ワタシのことを覚えてますか?」
「お前はデューラの娘の······確かミール、だったか? なんでお前まで幻獣人族の里にいるんだよ?」
ミールとバルフィーユがそんな会話を交わした。
二人は顔見知りだったのか?
ミールはハーフエルフで、バルフィーユは魔人族、接点などないように思えるが。
「ということは、あっちにいるのは双子の姉の方のえっと······エミヒだかメミーだったか?」
「エ、エイミ! エイミだよっ!?」
「ああ、そんな名前だったな」
今、明らかにわざと間違えたな。
ミールの名はしっかり呼んでいたし。
エイミが慌てて訂正し、バルフィーユが可笑しそうに表情を緩めた。
ただの顔見知りではなく、それなりに親しい関係に見えるな。
「お前らがいるってことは、ひょっとしてデューラとメアルも幻獣人族の里にいるのか?」
デューラとメアルというのは確か······エイミとミールの両親の名前だったか?
リプシース学園長から聞いた覚えがある。
デューラが父親、メアルが母親の名だったな。
バルフィーユの言葉に、エイミとミールの表情が曇った。
「父様と母様はもう······。バルフィーユさんはエルフの里での出来事はご存知ないんですか?」
「魔人領の外の話なんて知らねえ。あんまり興味も持たなかったしな。特にエルフの里は内部の情報をなかなか出さねえし······。というかちょっと待て、その口振り······何があった? まさか死んだのか? あの二人が」
「··················」
ミールの沈黙が、バルフィーユの言葉を肯定している証だった。
以前聞いた話によると、父親がエルフの里で大暴れをして、妻である二人の母親と多数のエルフを殺害した後、討たれたのだったか。
「ちっ······、戦いを続けるって雰囲気でも気分でもなくなっちまったな」
バルフィーユが武器を収めた。
さっきまでの獰猛な笑みは消え、完全に戦意がなくなっているようだ。
シノブの薬によって回復したフウゲツ殿達が油断なく構えながら、こちらに来る。
戦意はないように見えるが、バルフィーユの力は異常だ。フウゲツ殿達は警戒して、迂闊には手を出さない。
「詳しく話を聞きてえが、ゆっくり聞ける雰囲気でもねえな。簡単に教えろ、エルフの里で何があった?」
「それは······」
ミールが躊躇いながらも、エルフの里での出来事を話した。突如、正気を失った父親が起こした惨劇······私達も学園長から聞いている内容だ。(本編87話参照)
「············なるほどな」
今の話を聞いて、何か考え込んでいる。
いまいち状況が掴めないな。
エイミとミールの両親は、魔人族であるバルフィーユと親しい間柄だったということか?
「せっかく楽しい戦いだったが、やることが出来ちまったぜ。勝負はお預けだ、アイラ」
バルフィーユが初めて私の名を呼んだ。
どうやら、このまま撤退するつもりのようだ。
私としても異論はない。
このまま戦っていたら、どういう結果になるかわからない。それにバルフィーユを確実に仕留めたいと思うほど憎んでいるわけではないし、まだ自分の力を上手く制御出来ていないからな。
「というわけで、俺は帰らせてもらうぜ。色々騒がせて悪かったな。詫びとしてレニーとメリッサを置いていくから、好きなだけこき使ってやってくれ。こう見えて、そいつらはそれなりの実力者だ。色々と使えるはずだぜ」
そいつらというのは、エイミ達に縛り上げられている二人のことか。
小さな女の子はメリッサ、気弱そうな男はレニーというらしい。
「ちょ、ちょっとバルフィーユさん!? そんなの聞いてないですよ!?」
「おう、今決めたからな。お前らはしばらくここで情報を集めとけ。心配しなくても、ちゃんと迎えに来てやるからよ」
なにやら勝手に話を進めているが······。
一応、お前達は幻獣人族の里を襲撃してきた敵だろう?
それなのに仲間を置き去りにするつもりか?
レニーという男が泣きそうな表情で、バルフィーユに抗議していた。
やっぱり男ではなく女なのか?
男だと思っていたが、この泣き顔を見ていると自信がなくなってきた。
「お前はコイツら相手に会話に慣れて、少しでもその気弱な性格を治しておけ。そこの女なんかは、お前と気が合いそうだしな。ここなら魔人領に戻るよりも、まともな扱いしてもらえるんじゃねえか?」
レニーの抗議など何処吹く風だ。
メリッサという女の子は、特に反論はないようだ。
バルフィーユの背中から漆黒の翼が現れ、飛び上がった。そんなことまで出来るのか、この男は。
「ああ、そうそう、これだけは言っておくぜ。レニーとメリッサをこき使うのは構わねえが、殺すなよ? もし、そいつらを始末しやがったら、俺が本気でこの里を根絶やしにしてやるからな。それだけは覚えておけ」
バルフィーユから洒落にならない殺気が放たれた。気を強く持たないと、この殺気だけで命を奪われそうなほどだ。
脅しのつもりだろうが、本気でもあるな。
もし、この二人を殺してしまえば、本気でバルフィーユと敵対することになるだろう。
そう言い残して、バルフィーユは猛スピードで去っていった。
「バルフィーユさ〜ん!? 待ってくださいよ〜!」
レニーが泣きながら叫んだ。
見ていて、なんだか同情してしまう表情だ。
「あ〜あ、置いてかれちゃった。ねえシノブー、もう暴れないから、これ解いてくれない?」
メリッサは大して慌てる様子はない。
対照的な二人だな。
フウゲツ殿達もバルフィーユという脅威が去って、ホッと息をつき、そして残されたこの二人をどうするべきか頭を悩ませていた。
荒れ果てた里をどうにかしなくてはならないし、まだまだやることが山積みだな。