256 ジャネンと冥王
「確か勇者って神将との戦いで死にかけてるんだヨネ? 今の内に始末しちゃった方がいいんじゃないカナ?」
自称冥王が不穏な発言をした。
この発言にテリア達が警戒の色を示した。
「始末するって······」
「ユウは妾達の恩人じゃ、おいそれと手出しはさせぬぞ。龍王様も黙ってはおらんはずじゃ」
テリアとシャルルアが、いつでも攻撃できるように臨戦態勢に入った。
自称冥王との力の差はわかっているみたいだが、引く気はないようだ。
セーラとリンも、いつでも動ける態勢を取っている。
オレも最悪の事態に備えて構える。
今のオレのステータスならば、自称冥王とまともに戦うことも、おそらく可能だろう。
けど、コイツを倒せたとしても、本体ではなく仮の肉体にすぎない。
下手に怒らせて、本気で敵対することになっても面倒だ。
「僕の力を感じ取れないわけじゃなさそうダネ? その上で死にかけの勇者のために、僕と戦う気なのカナ」
自称冥王が魔力を高めている。
学園地下迷宮の冥王もやってきたような威圧か。
オレは肌がピリピリする程度だが、他のみんなは緊張した表情だ。
「やめろ、テュサメレーラ。心配せずとも今の勇者に冥界と敵対するような意思はないはずだ。······それに神将を倒した勇者と、アジュカンダスを倒した人族は別だ。勇者を始末すれば、確実にその人族と敵対することになるぞ」
ジャネンが自称冥王を止める。
チラリと一瞬オレを見ていた気がした。
「え、そうナノ? それは不味いネ。普段なら面白そうなんだけど、今は我が神の大事な時期······。余計なトラブルは避けたいネ」
意外とあっさり、自称冥王は高めた魔力を元に戻した。
「というわけで、今のは冗談ダヨ、ジョーダン。さっきも言ったけど、僕はコイツを助けに来たダケ。もう用は済んだから僕は帰るヨ」
おどけた感じに自称冥王が言う。
冗談という雰囲気ではなかったが、今は本当に敵意みたいなのは感じない。
それにしても我が神の大事な時期······か。
学園地下迷宮の冥王も同じことを言っていたな。
冥界の神とやらは、何をしようとしているんだ?
このまま放っておいて大丈夫なのかな?
「ジャネン、冥界には自力で帰って来いヨ? そこまで面倒を見る気はないかラネ」
「············もとよりそのつもりだ。それにまだ、この地での用事が済んでいない」
「ああ、アジュカンダスの尻ぬぐいダネ。ご苦労サン」
何の話かよくわからないな。
アジュカンダス······冥王の尻ぬぐい?
「なるべく急げヨ? もう他の冥王達の準備も整ってきテル。手伝ってやりたいけど、僕も自分の使命で手いっぱいだかラネ」
「······言われなくてもわかっている」
「それじゃあバイバイ。龍人族の子も人族の子達も、お騒がせしタネ」
自称冥王がそう言うと、透けていた身体がさらに薄くなっていき、完全に消えていった。
探知魔法でも反応がなくなった。
言葉通り、去っていったようだな。
「驚いたのう。まさか冥王が直々にやってくるとは」
静まり返っていたところに、エンジェが口を開いた。他の皆は、まだ自称冥王の威圧の効果が残っていて、緊張した表情だ。
「エンジェ、今の奴を知ってるのか?」
「自分で言っておったように、奴は冥王の一柱じゃ。冥王テュサメレーラ。幽体系などのアンデッドを束ねる王じゃな」
やはり本物の冥王で間違いないようだ。
アジュカンダスという冥王は、グール系を束ねる王だったな。
冥王によって従えているアンデッドの種類が違うのか。
「冥界の神の目的とか、心当たりはある?」
「いや、すまぬがワシにもさっぱりじゃ」
エンジェも冥王達が何をしようとしているのかはわからないか。
目的がわからないと動きようがないな。
邪魔するべきなのか、放っておくべきなのか。
悪いことをしているわけじゃないならいいんだけど。
「············くっ」
「おっと」
ジャネンが倒れそうになったのを支えた。
呪いは消えたけど、ジャネンの体力は尽きる寸前だ。しばらく安静にしていた方がいいだろう。
それにしてもジャネンの身体、ずいぶん軽いな。
髪が蛇になっているのを除けば、小柄な普通の少女としか思えない。
ジャネンは消耗しているし、テリア達やセーラ達も冥王から受けた緊張が残っている。
周囲に魔物の気配もないし、しばらくここで休んだ方がいいだろう。
現状把握のために話も聞きたいしね。