235 スミレの相談
特別ボーナススキルを獲得した翌日の早朝。
寝起きのオレは顔を洗うために屋敷の庭まで出ていた。
長の屋敷の庭には井戸があり、冷たくて新鮮な水が湧き出ている。
水道なんて便利な物は当然ないが。
「あ······レイ君」
「珍しいですねレイさん、まだ朝早いのですが」
エイミとミールも来ていたようだ。
オレは朝には弱い方なのでこんな時間に目覚めるのは確かに珍しい。
昨日の今日で目が冴えていたのだ。
しかし昨日あんなことになったばかりでエイミと顔を合わせづらい。
エイミも同じようでオレを見るなり顔を赤くしてあわあわしている。
「姉さんもレイさんもいい加減シャキッとしてください」
ミールはそう言うが気持ちの切り替えは難しい。
むしろミールはよく普通に振る舞えるものだ。
まあでもミールのおかげで少し気は楽になったかな。エイミも同じようでまだあわあわしていたが普通に挨拶出来るくらいにはなった。
微妙に気恥ずかしいがギクシャクしたままよりはいいだろう。
その後は日課であるアイラ姉との朝の鍛錬が待っていた。
女神のスキルを手に入れたためか、いつもよりもキレが良く身体を動かせる感覚だ。
アイラ姉もステータスの上がったオレがどれほどの実力を発揮出来るのか興味を持ち、鍛錬の最後に本気の手合わせを申し込んできた。
(ちなみに昨日の温泉での出来事をアイラ姉に説明し、納得し許しを得るのに相当苦労した)
「いくよ、アイラ姉!」
「ああ、手加減はせぬぞ、レイ!」
お互いに模擬戦用の木刀を構える。
本気といってもあくまでもただの手合わせだ。
魔法も剣技もスキルも無しの勝負だ。
手合わせは今までも何度もやっているがガチの真剣勝負はずいぶん久しぶりな気がする。
かなり長い時間打ち合っていたようだ。
気が付いたら一時間近く経っていた。
「フム、なかなか有意義な時間だったぞ。スキルや魔法に頼らない自身の技術を磨くことも忘れていないようだな、レイ」
息一つ切らさずアイラ姉が言った。
勝敗は着かなかったが内容的にオレの負けだろうな。
(女神の祝福〈仮〉)を手に入れてステータス的にはアイラ姉にも負けていないのだが技術的には完全に負けていた。
やはりスキルの効果だけでは自身の技術はあまり変わらないようだ。
アイラ姉は機嫌良く屋敷に戻っていった。
昨日は色々あって不安定だったから機嫌が直ってくれてよかった。
「くかかっ、なかなかの名勝負じゃったのう。ほれ、見てみるが良い。マスター達を称賛する視線ばかりじゃ」
エンジェが軽い拍手をしながら言った。
言われて周りを見ると一緒にアイラ姉の朝の鍛錬に参加していた幻獣人族の人達がこちらを見ていた。
鍛錬が終わっても戻らずにオレとアイラ姉の手合わせを見学していたようだ。
見られていたかと思うとなんか気恥ずかしいな。
「格好良かったですよレイさん。決してアイラさんに負けていませんでした」
「うん、本当にすごかったよレイ君」
ミールとエイミも残っていた。
二人もオレを称賛してくれた。
その後、鍛錬を終えたオレ達は少し遅い朝食をとった。
結界強化の儀式の準備はもう少し時間がかかるらしい。
エイミとミールは今日もその手伝いをするようだ。
神樹の迷宮の攻略は少しずつ進めるつもりだ。
フウゲツさんやゲンライさんも昨日の報告を聞いて自分の目で様子を見たがっていたので儀式が終わったら本格的に攻略に乗り出すことになりそうだ。
オレは今日はどうしようかと考えていた時、部屋にスミレが訪ねてきた。
何かオレに頼みがあるらしい。
「どうしたんだ、スミレ?」
「ご主人様······これ············」
スミレがそう言って差し出してきたのは愛用している大地の精霊剣だ。
よく見ると刀身が所々欠けて今にも折れそうだ。
どうしたのかと聞くと例の神樹に封印されていた魔物との戦いで傷付いたようだ。
言い出すタイミングがなく、今になって相談に来たそうだ。
「······直せる?」
つまり元どおりにしてほしいわけか。
それならアイラ姉の(アイテム錬成)スキルで直せると思うが、今のスミレのステータスを考えたら
大地の精霊剣は力不足な気がするんだよな。
スミレは二つの武器を持っている。
大地の精霊剣の攻撃力が800。
奈落の剣の攻撃力が3000。
ちょっとアンバランスだと思う。
だがスミレは大地の精霊剣を気に入っているようで他の武器に代えることに拒否感を示した。
ならアルネージュの町のドワーフ工房のドルフさんに頼んでみるかな。
一流の鍛治師だし直すだけでなく強化も出来るかもしれない。
転移魔法を使えば一瞬だしスミレと一緒にアルネージュに向かうことにした。