210 幻獣人族の里巡り
フウゲツさんの提案でオレ達はスミレの故郷である幻獣人族の里にしばらく滞在することにした。
長も快く(?)オレ達を迎え入れてくれた。
とはいえこの里に宿などはないため、寝泊まりは長の屋敷ということになった。
「これがスミレちゃんを魅了した食べ物なのね。本当に美味しいわね」
フウゲツさんがオレ達の出した果実を食べて言う。
スミレの話を聞いて外の食べ物に興味を持ったため、アイテムボックスの中に入っていた果実を出したのだ。
代わりにオレ達は幻獣人族の里で採れた果実などを食べさせてもらった。
自然豊かな土地で育てた果実だからか結構美味しい。
クラントールの町と違って良い作物が育つようだ。
「スミレ殿が言っていた神樹の実とやらはないのでござるか?」
シノブが問う。
オレもどんなのか気になっていたんだよな。
「今はないけどそろそろ採れる時期ね。早く結界強化の儀式も再開しなきゃならないし明日にでも採りにいくわ。儀式が終わった後なら食べてもいいわよ」
そういえばスミレが必要な分を全部食べたために儀式が済んでないって話だったな。
「そもそも神樹の実とは何なのだ?」
アイラ姉が言う。
名前からしてすごく貴重な実としか思ってなくあんまり深く考えてなかったな。
「森の奥深くにある神樹グランフォネストから採れる果実よ。神樹には里の者でも限られた人しか近付けないから見に行くのはダメよ?」
神樹グランフォネスト······なんか凄そうな名前の木だな。
ゲームとかによく出てくる世界樹みたいなやつだろうか?
いや、そういえば世界樹はエルフの里にあると聞いた覚えが············まあいいか。
見てみたいけどやはり神聖な木だから近付くのは禁止か。残念だけど仕方無いか。
アイラ姉は長と何やら今後の話し合いをするらしい。エイミとミールはフウゲツさんが二人から色々話を聞きたいとか言って連れていってしまった。
オレとシノブはせっかくだし里を見て回ることにした。案内役としてスミレとユヅキが一緒だ。
護衛役の人が何人か付いて来たそうだったけどスミレがユヅキ一人で充分と拒否してた。
すごく悲しそうな様子だったけどいいのかな?
「じゃあ里の中を案内するぜ。といっても見て面白い所なんてないけどな」
ユヅキが言う。
まあ結界で守られてたんだし観光客なんかが来るわけないしな。
それでものどかで自然豊かな場所は見てるだけで癒されるので価値はある。
スミレは長や護衛役の人達の相手に疲れているようでオレやシノブにベッタリだ。
そういえばスミレの両親はいないのだろうか?
スミレは長の屋敷に住んでいたようだが、両親と一緒に住んでいる気配はなかった。
スミレはかなりお疲れの様子だし今は聞かないでおくか。
ユヅキとスミレの案内で里を回っていく。
幻獣人族は見た目は普通の人間と変わらないので言われなければただの田舎村にしか見えないな。
里の人達は部外者であるオレやシノブを見ても特に敵意を向けてこない。
長の屋敷でもあった珍しい物を見るような視線は感じるけど。
余所者お断りの雰囲気じゃなくてよかったと言うべきかな。
「戻ってきたのかいスミレ? お腹空いてるのかな」
「これでも食べときな。連れの人達も持っていきな」
「······ん、もらう。ありがとう」
畑仕事をしていた人達がスミレを見るなり作物を差し出してきた。
スミレがお礼を言って受け取り、オレ達にも渡してくれた。
気の良い田舎のおじちゃんみたいだな。
スミレは里では人気者のようだ。
それと里の人達を見て思ったのは子供の姿がほとんどない。
ユヅキくらいの年齢っぽい人は何人かいたけど、スミレが里の最年少って感じだ。
だからあれだけ溺愛されているのだろうか?
そんな感じに里を回っていく。
ゆっくり回っていたらなんだかんだでずいぶん時間が過ぎていた。
オレはこういった自然の風景は結構好きだから充分有意義な時間だった。
そろそろ長の屋敷に戻ろうとした所、何やら白い煙の上がる建物が目に入った。
「ああ、あそこは温泉だぜ。自然に湧き出たお湯に浸かる場所だ」
おお、やっぱり温泉がある所か。
前にユヅキが幻獣人族の里には温泉施設があると言っていたな。
見た所、脱衣場のある建物に簡単な仕切りを建てただけのようだ。
経営している人がいるわけでもなくご自由にお入りくださいって感じだな。
「天然温泉でござるか。拙者入ってみたいでござるな」
シノブが言う。
オレも入ってみたいな。
一応男女別々に分かれているようだ。
「別にいいぜ? 特に制限があるわけじゃないしな」
ユヅキがそう言ったのでせっかくだし入っていくことにした。