181 冥界の神の使い
「何者だ? ここは関係者以外立ち入り禁止にしているはずだが」
リイネさんが武器を抜きローブの人物に問う。
護衛の王国騎士の人達も臨戦態勢に入った。
ローブの人物もこちらの声に反応し振り返った。
意外と小柄な体型だな。
オレよりも少し背が低いくらいだ。
「お前達がアジュカンダスを倒した人族達か」
構えることなく、動じた様子も見せずにローブの人物は言う。
抵抗する気はないみたいだな。
それにしても思ったよりも高い声だな。
「質問しているのはこちらだ。ここで何をしていたのだ?」
アイラ姉もいつでも武器を抜けるように構えている。今のところ妙な動きをする気配はないが············。
コイツ、結構ヤバイかも。
「アジュカンダスの集めた物を回収していた。ほとんどは霧散してしまいたいした量ではなかったがな」
冥王が集めていた物とは邪気のことか。
冥界の神のために邪気が必要とか言っていたな。
やはりコイツも冥界関係者か?
「某はお前達と敵対する気はない。回収も終え、これ以上この地に用もない」
ローブの人物が淡々と言う。
「素性も素顔もわからぬ者を信用できるものではない。まずはフードを取り素顔を見せろ」
警戒心を解かずにリイネさんが言う。
ローブの人物は意外と素直にフードを外した。
「そうだったな。なら名乗らせてもらおう。
某の名はジャネン。我が主、冥界の神の使いだ」
フードの下から出てきた素顔は予想外にも可愛らしい少女だった。
人間で言うならオレと同じか少し下くらいの年齢の顔立ちだ。
肌の色は少し灰色っぽいが普通に人間に見える。
ただ髪の毛の一本一本が蛇のような形だ。
メデューサというやつだろうか?
だが恐ろしさは感じないな。
何かのアニメで見た蛇神様の少女みたいだ。
アイラ姉とリイネさん達もまさかこんな少女だとは思わなかったといった表情だ。
[ジャネン] レベル―――
〈体力〉―――――
〈力〉―――〈敏捷〉―――〈魔力〉―――
〈スキル〉
(冥界の神の祝福)(魔眼)(邪眼)
(―――――)(身体強化〈極〉)(―――――)
(―――――)(―――――)(邪気吸収)
鑑定できないわけじゃないがほとんどのステータスが見えない。
(神眼)の効果でもはっきり見えないようだ。
鑑定結果では強いのか弱いのかわからないが、この子から感じる魔力は相当な強さだ。
スキルに気になるのもある。
(冥界の神の祝福)······加護じゃないのか?
クリックしても詳細がわからない。
「何を呆けている? お前達にとって某の素顔はそこまで異質か?」
少女、ジャネンが言う。
スミレやミールのような無表情な子だな。
ジャネン············邪念か?
呪われたような名前かと思ったけど素顔を見たら可愛らしい名前に思えてきた。
「いや、少し意外だっただけだ。気に障ったのなら謝る」
気を取り直してアイラ姉が言う。
「冥界の神の使いだと言っていたが、お前は冥王なのか?」
リイネさんがジャネンに問う。
とても冥王とは思えないが鑑定でははっきりしなかったからな。
「某はそんな偉い立場ではない。ただの使い走りだ」
ウソをついてるといった感じじゃないな。
そもそも冥界の神って何者だろうか?
「先ほども言ったように某はお前達と敵対する気はない。もう用も済んだ」
「私達は冥王を討ち倒した。その報復はしないのか?」
アイラ姉が言うように報復のために残りの冥王や神とやらが総出で襲いかかってきたらヤバすぎるな。
「人族の領域を冒したのはこちら側だ。報復するのはむしろお前達の方じゃないのか?」
確かにその通りかも。
結果的にたいした被害はなかったが、冥王を止められなかったらこの国そのものの危機だった。
「まあその通りだな。だが報復しようにも冥王やアンデッドについては不明な点が多すぎる。こちらとしては穏便に済ませたい」
リイネさんが言う。
本音なのかはわからないが相手が敵対する気はないと言っているなら穏便に済ますのが一番だろうな。
「それはこちら側も同じだ。報復のために冥界まで攻めて来られても困る。我が主はそれどころではない」
それどころではない?
そういえば冥王も我が神の大事な時期とか言っていたな。
冥界とやらで何か起きているのか?
冥界について色々聞いたがさすがに話してはくれなかった。
「某の口から我が主の情報を流すわけにはいかない。だがもうこの地に干渉する理由はないと言っておく」
ジャネンが言う。
この国の邪気は冥王によって集められ、そしてほとんどが消滅した。
しばらくは今までのような変異種の頻繁な発生などの異変は起きないだろうということだった。
「アジュカンダスが引き起こした件に関する詫びの品だ」
そう言ってジャネンは収納袋を差し出してきた。
警戒しながらリイネさんはそれを受け取った。
「これは······」
「某には用途のない品だがお前達には価値ある物だと聞いている」
収納袋の中には高純度の魔石や様々な効果のアクセサリーなどが大量に入っていたようだ。
リイネさんが驚きの声を漏らしている。
「これで証明にはならないかもしれないが繰り返しになるが我が主はお前達と敵対する気はない。我が主はディヴェードとは違う」
ディヴェード?
そういえば冥王もそんな名前を言っていたような気がする。
「ディヴェードとは誰だ?」
さすがに気になったのかアイラ姉が問う。
「魔人族の神······魔王を束ねる者」
魔王を束ねる者。つまりは魔王以上の存在か。
束ねるということはやはり魔王は複数いるのか?
「ディヴェードは支配に貪欲だ。奴は魔人、魔物、人族、獣人、龍人、エルフやドワーフなどあらゆる種族を支配しようとするだろう。我ら冥界の民も例外ではないだろう」
典型的な悪の存在って感じだな。
冥王を束ねる冥界の神に魔王を束ねる魔人族の神······。
この世界、ヤバいのが多すぎないか?
「お前達も精々気を付けることだな」
そう言って去ろうとしたジャネンだが、何かを思い出したように再び振り返った。
「······忘れるところだった。奈落の守護者の持っていた鍵を返してくれないか?」
奈落の守護者?
ああ、もしかして学園地下迷宮の最奥の扉を守っていた門番のことか。
アビスガーディアンとかいう名前だったな。
そういえば用途不明の鍵を落としていたっけ。
「鍵ってこれのこと?」
アイラ姉に言われてオレが持っていたんだよな。
別に使う機会なんてないだろうし渡してもいいんだが。······渡していいのかな?
「ああ、それだ」
「これって何の鍵?」
冥界のとある扉を開けるための鍵とか説明文にあったが。
「某も詳しくは知らない。冥王達にとって大事な鍵らしいが」
隠しているとかではなく本当に知らないっぽいな。
ジャネンもどうしても必要というわけでなくついでに回収するように冥界の神とやらに指示されているらしい。
「お前達が持っていた所で使い道などないと思うが?」
まあその通りだな。
冥界がどこにあるかも知らないし、行く予定もない。
大事な鍵とか言ってるし、ここで渡さずに後で冥王が取り返しに来たら困るしな。
一応アイラ姉に確認を取った。
アイラ姉も無言で頷いたのでジャネンに鍵を渡す。
「すまないな。ではさらばだ」
鍵を受け取ったジャネンは礼の言葉を言い去っていった。
何というかアンデッド率いる冥王の仲間とは思えなかったな。
髪が蛇みたいになっているのを除けば普通に可愛らしい見た目の女の子だったし。
詫びの品も渡してきたし結構話のわかる人物だった。
完全に信用することはまだ出来ないが冥王を倒したことによる報復の心配はとりあえずはなさそうだな。