勇者(候補)ユウの冒険章④ 9 リーナの危機
(リーナside)
「グオオッ!!」
魔物が襲いかかってくる。
あたしはその攻撃を必死に避ける。
左腕と口をうまく使って服を破り、千切られた右腕の傷口を縛って血止めをした。
死ぬほど痛かったけどなんとか堪えた。
あたしはこんな所で死ぬわけにはいかない!
「はあっ······!!」
攻撃用の魔道具を次々と使ってるけど、この魔物にはほとんど通じない。
もう魔道具も尽きかけてきた。
「グオオアアーーッ!!」
魔物が全身から液体を撒き散らした。
液体がかかった周囲の木々はジュワアアッと溶けていく。
強力な酸だ。
あんなの浴びたら身体が溶けちゃう。
「くぅっ······」
あたしは液体を避ける。でも······もう限界かも。
血を流しすぎたのかフラフラする。
体力ももうほとんどない。
「······っ、ハア······ハア」
あたしは息を整える。
もう攻撃用の魔道具もほぼ尽きた。
最後のコレに賭けるしかない。
「ゴアアアッ!!」
再び魔物が襲いかかってきた。
でもチャンスだ。これを使うのは今しかない。
「これでも······くらえっ······!!」
最後の力を込めてあたしは魔物の身体に針の形をした魔道具を突き刺した。
やった、うまくいった。
「ガアアアッ!!」
「きゃあっ······!!」
針を突き刺したくらいじゃたいしたダメージにはならない。
怒りの唸りをあげた魔物にあたしは弾き飛ばされた。
―――――――ザアアアッ
雨が一層強くなる。
この冷たい雨は傷口に響く。
三年前のあの日、あたしは雷を受けて死にかけた。
でも······今回はそれに頼ることになった。
――――――――カッ······ガガァアアアンッ!!!
空が光り、雷が落ちる。
それは魔物に直撃した。
あたしが魔物に刺した針は〝避雷針〟という魔道具。
本来は雷を避けるためのもので三年前から常に持ち歩いていた。
雷は避雷針に向かって落ちた。
避雷針を通じて魔物の全身に雷の衝撃が襲っているはず。
いくら竜でも雷の直撃はひとたまりもないよね。
魔物の巨体がゆっくりと倒れた。
「やっ······た······倒せた······」
あたしは安堵する。
安心して力が抜けたため、あたしはその場に座り込んだ。
「リーアとケンカしたまま······死ぬわけにはいかないもん······―――――――――」
――――――――ブシュッ!!!
何かがあたしのお腹を貫いた。
······え······何が、起きたの······?
「グオオアアーーッ!!!」
魔物が生きていた。
さすがに無傷じゃないみたいだけど致命傷にはならなかった。
その傷も再生していってる。
そして魔物の鋭い爪があたしを貫いていた。
「う······あっ······」
そのまま弾き飛ばされて後ろの木に激突した。
「うぐっ······ああ······」
口から血が溢れてくる。息がうまくできない。
「グルルルル······」
魔物がゆっくり近付いてくる。
雷で受けたダメージもすっかり再生していた。
もうあたしに為す術はない。
少しでも気を抜いたら意識を失いそう······。
さっきまで冷たく、傷に当たると痛かった雨も今は何か暖かくて心地良い。
なんだかこのまま眠りたくなって······き······。
「がふっ······!!」
口の中の血を吐いて無理矢理意識を戻した。
今眠ったらもう二度と目覚められない気がする。
このまま死ぬなんて冗談じゃない!
「······あ······れ············?」
身体に力が入らない。
感覚そのものがなくなったみたいに······。
魔物が近付いてきてる。逃げなきゃ······。
「ガアアアッ!!」
魔物が大きく口を開けて向かってきた。
もうあたしにはどうしようもない。
ああ······あたし······ここで死ぬんだ······。
ごめん······リーア······せめて仲直りしたかったよ············。
(リーアside)
冒険者の話を聞いたわたしはすぐに店を飛び出して王都の外に向かいました。
土砂降りの雨ですけどそんなことに構っていられません。
ユウさん、テリアさん、ミリィさん、マティアさんもわたしについてきています。
「あれ、スウォンさんって人じゃない!?」
先を進むとテリアさんが傷だらけの冒険者を見つけました。確かにお姉様に好意を持たれている冒険者の方ですわ。
「うう······」
酷い傷ですわ······
この方は冒険者として腕の立つ人でしたのにここまで傷だらけになるなんて······
ユウさん達がポーションを使い、なんとか意識を取り戻しました。
「お······おれのことはいい······それよりもリーナさんを······」
スウォンさんの話ですとお姉様は自分が囮となって魔物を惹き付けて行ったようです。
ポーションで多少回復したのでスウォンさんは命の心配は脱したみたいです。
仲間の冒険者の方が駆けつけてきたのでスウォンさんのことを任せてわたし達はお姉様の後を追います。
ジェットブーツを使い、ずいぶんの距離を逃げているようです。
なかなかお姉様の姿が見つかりません。
しかししばらく進むと景色が一変しました。
「うっ············」
わたしも、ユウさん達も、この場のみんなが口を抑えます。目の前の水溜まりが真っ赤に染まっています。
その水溜まりの中に何かが落ちていました。
「······ひとのうで······」
マティアさんがつぶやきました。
落ちていたのは人の腕です······。
細い指先の女性の腕······この腕は······。
「お姉様の······腕······ですわ。間違いありません············」
見間違えるはずありませんわ。
これはお姉様の············。
最悪の事態が頭をよぎりました。
この場を見る限り出血量も尋常ではありません。
「お姉さん······」
ユウさん達も同じことを思ったのでしょう。
「いえ······まだ腕が見つかっただけですわ······お姉様が死んだとは限りません······」
出来る限り冷静な口調でわたしは言います。
でも、わたしの心臓は破裂しそうなほど高鳴っていました。
「お姉様を······探しましょう······」
お姉様はまだ生きている。
お姉様が死ぬはずありませんわ。
······そう自分に言い聞かせるだけで精一杯でした。