16 リンとの和解
黒いマスクを外し服も元通りに着替え終えたオレは気絶しているリンを背負った。
··················そう、あの変態マスク男、正義の仮面の正体はオレである。
だがこれだけは言っておく。あの姿はオレの趣味じゃない。
ある日突然オレの手元に現れた謎の黒いマスク。
あれを被ると何故かあんな変態的な行為をしてしまうのだ。
あの姿の時もオレの意識はあるのだが夢を見ているような感覚で自分をコントロールできないのだ。
············誰に弁解しているんだオレは。
あの姿になったのは今日が初めてじゃない。
向こうの世界でも何度か変身してしまったことがある。まさか異世界に来てまであの姿になることになるとは······
本当、なんなんだこのマスク?
何度捨ててもいつの間にかオレの手元に戻ってきている。
鑑定で確認しても·········
〈謎のマスク〉鑑定不能
としか表示されない。呪われてるのかコレ?
まあとりあえず今はリンを連れて帰ろう。
「ふ······ふふっ······ふふ······」
相当ショックを受けたらしくリンはずっとこんな感じだ。
起きているように見えるがおそらく意識はない。
男嫌いのリンにあんなことをしてしまったのだ。
男嫌いが悪化しなければいいんだが。
「おかえりでござる師匠」
リンを背負ったまま家に帰るとシノブが再び出迎えてくれた。
「······っ············」
リンはまだこの調子だ。
当分意識が戻りそうにない。
「リン殿は一体······? ああ、ひょっとして師匠、また変身したでござるか?」
リンの様子を見てシノブが察したようだ。
シノブは正義の仮面を知っていてその正体がオレだということも知っている。
元の世界で色々あったんだ············。
詳しくは語りたくない。
ちなみにアイラ姉は正義の仮面の存在自体をまだ知らない。
オレがあの黒いマスクを手にしたのはつい最近で、アイラ姉は他の学園との合同遠征合宿に行っていたため騒ぎのことを知らないのだ。
アイラ姉に知られたらどうなるか······。
想像すらしたくない。
「まあ······リン殿もしばらくしたら目を覚ますと思うでござるよ。そう心配はいらないと思うでござる」
シノブはそう言ってくれたが大丈夫かな?
ともかく、リンはオレ達の家のお客さん用に作っていた部屋に連れていき寝かせた。
アイラ姉にはリンはレベル上げに疲れて寝てしまったと伝えた。
その日リンは目を覚ますことなく夜が明けた。
次の日、朝食の時間になってもリンは起きてこない。さすがに心配だったので部屋に起こしに行く。
―――――コンコン
扉をノックするが返事はない。
まだ寝ているのか? ······いや、何か声はする。
リン以外は部屋にはいないはずなので起きてはいるのかな?
「入るよ、リン」
オレは部屋の中に入った。
「あれは夢です。幻です。悪夢だったのです。あんなことが現実のはずありません。きっと男性嫌いのわたしに神様が見せた罰だったのです。ええ絶対夢です。立て続けに有り得ないことばかり起きたのでわたしの頭が混乱してありもしないことが現実に見えただけです。あの男性の感触も気のせいです。だってわたしは男の裸なんて見たこともないんですから。何かの間違いです。きっとわたしの頭がおかしくなっていただけです。大丈夫です。わたしは汚れていません。あれは夢なんですから。間違いないです。だって······」
怖っ!!? リンがベッドの上で膝を抱えるように座りブツブツと言っている。
オレが原因なんだろうけど······。
声をかけづらい······。
「あの······リン?」
「······ひっ!!?」
おそるおそる声をかけるとリンがビクッと反応した。
「レレレレレ······レ、レイさん······ですか!? ······あれ、ここは······?」
ここがどこかもわかってなかったのか。
いつ目を覚ましたのかわからないがずっとあんなふうにブツブツ言っていたんだろうか?
「ここはオレ達の家だよ。大丈夫かリン」
とりあえず状況の説明だな。
といってもオレがあのマスク男だと言うわけにもいかない。
昨日、あの後戻って来ないリンを捜したら町の外の茂みで気を失っていた所を見つけ家まで運んだと説明した。
うん、一応ウソは言ってない······はず。
「そ、そうでしたか、ご迷惑をかけました······」
今ので納得したのかな?
それになんかやけに素直だな。
ともかく目を覚ましたようなので一緒に朝食を摂る。
まだ心ここにあらずって感じだが。
今日もリンのレベル上げの予定だったけど体調が悪そうなら中止にするべきかな。
「いえ、行きます、行きましょう。すぐに向かいましょう」
と思ったんだがリンはやる気のようだ。
かなりテンションがおかしいが。
今日もアイラ姉とは別行動だ。
アイラ姉は他の子供達を鍛えている。
オレとシノブとリンで今日は町の南の平原に向かう。ここは昨日の森に比べたら出現する魔物が少々強い。
まあオレ達からみたら誤差の範囲だが。
昨日の女王蜂は例外であんな魔物は滅多に現れない。さっそく魔物が現れた。
オークの上位種、ハイオークだ。
普通のオークより体が大きくレベルが高い。
ハイオークをリーダーに普通のオークも数体現れた。
「でやぁああっ!!」
リンが大剣を振り回すようにオーク達に斬りかかる。······オレやシノブの出る幕はなさそうだ。
「焼け焦げろっ、ヘルフレアーーッ!!」
あっという間にオーク達を倒し最後に残ったハイオークを「炎」魔法で倒した。
豚肉を焼いたような匂いだな。
この世界の肉料理はこういった魔物の肉がメインなので間違ってはいないか。
ウルフや一角ウサギなどの肉は食べたがオークはまだない。
二足歩行の豚を食べるというのは少し抵抗があったからな。
匂いだけで判断すればそれなりに美味しいのかもしれない。
ウルフとかは不味くはないといった味だったが。
まあ肉料理は向こうの世界の物をオレのスキルで出せるから不自由してないんだけど。
「さあ、どんどん来いやぁーーっ!!」
それにしてもやはりリンのテンションがおかしい。······まあ昨日のことを頭から振り払うために大暴れしているんだろうな。
その後も現れた魔物をリンだけで倒していく。
オレとシノブは倒した魔物を回収するだけだった。
もうリンのレベルは60になっていた。
聖女セーラの護衛をしていた騎士で一番レベルが高かったのが55だったからリンは騎士達を完全に上回ったことになる。
冒険者ギルドにいた冒険者の平均は10~20だったので、これはすごいことだろう。
「リン殿、少し休憩するでござる」
「いえ、まだまだやれますっ」
「いや、一旦休憩しよう」
まだ魔物を狩ろうとするリンをオレは止めた。
急激にレベルアップしたので体に負担がかかってるかもしれない。
もう周囲に魔物の気配はないのでちょうどいいだろう。
昼時を少し過ぎていたのでちょっと遅い昼食としよう。今日の食事当番はオレだったので弁当を朝の内に作ってある。みんなの分もあるのでシノブとリンにそれぞれ渡す。
「ありがとうでござる師匠」
「どうも······です」
それぞれが弁当を食べる。
リンも大分落ち着いてきたかな。
「レイさん······その、昨日はありがとうございます。······そして······ごめんなさい」
唐突にリンがそう言ってきた。
うん? どういう意味だろうか。
「クイーンビーの上位種の攻撃からわたしを庇ってくれたお礼を言えてなかったので······そんな命を助けてくれたレイさんに八つ当たりみたいなことをしてしまって」
「ああ、オレは大丈夫だからいいんだけど」
そういうことか。
しかしその後の八つ当たりというのはオレの不注意が原因だからな。
どちらかと言えば悪いのはオレの方だろう。
それにしてもずいぶん素直というか、しおらしくなってしまった感じだ。
リンってこんなに可愛かったっけ?
いや確かにリンは可愛い子だったけど、今のリンには別の可愛らしさがある気がする。
「オレの方こそごめん、疲れていたとはいえちゃんと中を確認するべきだったよ」
「いえ、あれは······というか忘れてくださいっ!!」
昨日オレに裸を見られたのを思い出したのか、顔を真っ赤にするリン。
······やばい、怒った顔ばかり見てたからこういう顔をされるとすごく新鮮だ。
「レイさんは······わたしが獣人族だということで何か思う所はないんですか?」
思う所?
リンが獣人族だというのはあの獣耳とシッポを見てわかったけどそれがなんだと言うんだ?
「いえ、何もないならいいんです」
リンがすぐに話を切った。
よくわからないけど、まあいいか。
リンも元気が出てきたみたいだ。
それにオレとの距離も少し縮んだ気がする。
正義の仮面のことも夢だと思っている(言い聞かせている?)ようだし、オレも忘れよう······
もう二度とあのマスクは被らない。それでいい。
この時のオレは知らなかった。
その後、正義の仮面の名は異世界中に広まってしまう出来事が起こることを。
次回より新章スタート······になると思います。