勇者(候補)ユウの冒険章② 8 レーデの森
―――――――――(side off)―――――――――
夜になり、普段ならもうそろそろ寝る時間帯となった。ユウとエレナはこっそり病院を抜け出して外に出た。
バレにくくするためにエレナのベッドにはそっくりの人形を(物質具現化)スキルで作り出して擬装している。
「こういうのって、何かドキドキするわね」
「あはははっ、見つかったら怒られるけどね」
外に出てテリアとミリィとも合流し、四人はレーデの森へと向かった。
「明るい時と違って、結構不気味ね」
レーデの森に入り、周囲を見回しながらテリアが言う。
「魔物じゃなくて、オバケとか出そうですねぇ?」
「や、やめてよミリィ······そういうこと言うの」
ミリィの言葉にエレナが身体を震わせる。
「レーデの森はその昔、魔王軍との戦いを繰り広げられた場所と言われているのよ。勇者が強力な魔物を封印したという話もあるし······。明るい内はともかく、夜に近寄る人なんて普通いないわよ」
エレナが言う。
「魔王軍かあ、ぼく達の町も、その侵攻から逃れるために結界を張っていたし、この辺も被害にあっていたんだね」
ユウが無邪気に言った。
――――――ザッ、ザッ、ザッ······
「さっそく魔物が現れたわよ」
テリアが言い、全員が戦闘態勢に入る。
エレナを守るためにユウ達が陣を組む。
「グルルッ」「ガルルッ······」「ガウウッ······」
ユウ達の周囲を狼の魔物の群れが囲んでいた。
ざっと見て数十匹はいる。
「レーデウルフ······! こいつら、群れなら格上の相手にも襲いかかる危険な魔物よ······!」
エレナが怯えた声で言う。
「ミリィって魔物の言葉がある程度わかるんだよね? こいつらが何て言ってるかわかる?」
「ん~、言葉はわかりませんけどぉ、今夜はごちそうだ~って言ってそうですねぇ」
「あはははっ、ぼくにもそう見えるよ」
怯えているのはエレナだけで、ユウとミリィ、そしてテリアは緊張感の欠片もない。
魔物の群れに囲まれているのに、まったく動揺していないようだ。
「安心して、エレナには指一本触れさせないからね」
ユウが一歩前に出た。
「「「ガアアアッ!!!」」」
レーデウルフ達が一斉に襲いかかってきた。
「くらいなよっ! ソード・レイン!!」
ユウが(物質具現化)で無数の剣を作り出し、雨のようにレーデウルフ達に放った。
「クラッシュアロー!!」
テリアも弓矢を作り出して次々と放った。
「ブラッディ・レイン!!」
ミリィは自らの血液に魔力を送り放った。
鋭い刃と化した血の雨が、レーデウルフ達に降りそそぐ。
「ガアアッ」「ギィアッ」「ガグゥッ」
ユウ達の魔法でレーデウルフを次々と倒していく。
レーデウルフのレベルは20~25なので、ユウ達の敵ではない。
「す、すごい······。ユウ達、本当に強かったんだ······」
話には聞いていたが、あまりに圧倒的な強さにエレナが驚く。
ちなみにエレナのレベルは8である。
「グルルッ······!!」
ユウ達の強さに警戒してレーデウルフ達が後ずさる。
しかし、逃げる気はないようだ。
「まだ半分以上残ってるみたいだね」
ユウが再び魔力を込める。
「アオーーーーンッ!!」
レーデウルフの一匹が遠吠えをあげると、他の魔物は陣を組むように態勢を変えた。
「今、吠えたのがこいつらのボスのようね」
テリアが油断なく構える。
「あ、そうだ。ミリィ、あいつの血を吸える?」
「あんまり美味しそうじゃないですけど、やってみますかぁ?」
ユウが何か思い付いたようで、ミリィに指示を出している。
「テリア!」
「わかってるわ、ユウ!」
ユウとテリアが雑魚の足止めをして、ボスへの道を拓いていく。
二人とも息がピッタリだ。
そしてミリィがレーデウルフのボスに飛び付く。
「それじゃあ、いただきま~す」
ミリィがボスの首筋に噛み付き、血を吸う。
「ん~、思ったよりは不味くないですねぇ」
血を吸ったミリィが口元を拭う。
そんなミリィにボス以外のレーデウルフが襲いかかる。
「ミリィ、あぶない!」
エレナが叫ぶ。
しかし、当のミリィは余裕顔だ。
「もう大丈夫ですよ、エレエレ~。はいっ」
「アオーーーンッ!!」
ミリィが命令するとボスが遠吠えをあげた。
すると残ったレーデウルフ達がどこかに去っていった。その後を追うようにボスも走り去っていった。
「な、なに······? どうなったの?」
エレナは状況を理解できていない。
「ミリィは血を吸った相手を自在に操れるんだよ。だからボスを操って、ここから去るように命令させたんだ」
ユウがわかりやすく説明する。
倒すことも可能だが、別にユウ達は無駄に魔物を殺そうとも思っていない。
避けられる戦いなら避けるべきだと思っている。
「さ、また魔物が出る前に先に急ぎましょ」
テリアが言い、ユウ達は再び歩き出した。
途中、何度か魔物に襲われながらも、すべて撃退して目的の丘までたどり着いた。
空には3つの月が浮かび、2つは立派な満月だった。
「種は植え終わったよ。後は満月の光をもう少し浴びれば芽を出すはずだよ」
ユウは丘の一番良い場所に種を植えた。
「気持ちいい風ね。魔物さえ現れなければいい所なんだけど」
テリアが適当な場所に座る。
「············すごい星空」
空を見上げエレナが言う。
見渡しの良いこの場所は星空も絶景だった。
「町で見る空よりもよっぽど綺麗ですねぇ」
ミリィが普段は仕舞っている翼を広げて、気持ち良さそうに飛んでいた。
「こんな星空初めて············本当にすごい」
病気のエレナは、普段こんな場所に来ることはないだろう。
町の外で見る初めての星空に感動していた。
「ぼくもすごいと思うよ。本当にキレイだね」
「私これが見れただけでも、ここに来てよかったと思うわ」
ユウが自然にエレナの隣に座った。
魔物が現れる様子もなく和やかな雰囲気だ。
ユウ達はルナリーフが発芽するまで、この幻想的な光景を楽しんだ。
そうこうして時間は過ぎ、夜が深くなってくる頃、変化が起きた。
「見て、ユウが種を植えた場所が光ってるわよ」
テリアが指差す。
そこからは満月や星空の光とは別に、光輝いていた。
「ようやく充分な光が集まったみたいだね。もうすぐ芽を出すはずだよ」
ユウ達が光っている所に集まる。
「あ、出てきましたよぉ」
ミリィが声をあげる。
土の中からルナリーフの芽が出てきた。
そしてそれはみるみる内に成長していき、あざやかな花を咲かせた。
「きれい······これが······」
「うん、間違いないね。これがルナリーフだよ」
エレナが思わずつぶやき、ユウが答えた。
「後はこれを調合して薬を作るだけだよ」
ここまでは順調だ。
後は町に戻り薬を作れば、エレナの病気を治せるはず。
「じゃあそろそろ町に戻りましょう。早く戻らないと病院を抜け出したことがバレるかもしれないし」
テリアが言い、ユウがルナリーフを採取しようとするが······。
―――――ゴゴゴッ、ゴゴッ······
突然地鳴りが響き、周囲が揺れる。
「······地震かな?」
「······違います、ユウ様ぁ······。何かが地面の下にいるみたいですよぉ?」
ユウ達が周囲を警戒する。
――――――ドッ!! バババッ!!!
地面から飛び出すように何かが現れた。
小さな植物と思われたが、それはあっという間に成長して大樹となった。
大樹はルナリーフの真下から現れ、そのままルナリーフを呑み込んでしまった。
「ああっ!? ルナリーフが!」
ユウが声をあげる。
「な、なんなの、この樹!?」
「魔物みたいですよぉ!」
予想外の事態にテリアとミリィも慌てた様子を見せる。
「ガアアアッ!!!!!」
ミリィが指摘したように、この大樹は魔物の一種のようだ。
大樹の幹の部分から口を開き、凄まじい唸り声をあげた。