11 女騎士リンの驚愕
今回も女騎士リン視点です。
(リンside)
「これはリン殿もいらしたのか、失礼する」
凛とした声を出した人物は先日サイクロプスの襲撃から助けてくれたアイラさんでした。
後ろにはシノブさん、そしてレイ······さんもいますね。
どういうことですか、これは?
あの大貴族が住んでいると思われた屋敷の住人がアイラさん達?
わけがわからず頭が混乱してしまいます。
「この方が話しに聞いていた院長殿か。少し診させてもらうぞ」
アイラさんが院長の額に手を当て症状をみています。
「フム、話しに聞いていた以上に危険な状態だな。シノブ、薬を出してくれ」
「了解でござる」
アイラさんの指示でシノブさんが何か液体が入ったビンを出します。
薬? 何の薬でしょうか?
わたしは鑑定魔法を使い、薬を見ます。
〈特級万能薬〉
どんな病気でも治す最高級の薬。
ぶっ!!!?
思わず鑑定結果を見直しますが、何度見ても同じです。特級万能薬!?
何故そんな希少な薬を持っているんですか!
しかもそれを今日初めて会う院長に惜しげもなく使おうとするなんて。
薬を飲んだ院長の呼吸は落ち着き、顔色も良くなっていきました。
まだ眠ったままですが、もう大丈夫のようです。
······やはり本物の特級万能薬だったんですね。
「これでもう心配いらないだろう。次は子供達に食事だな」
アイラさんはそう言って次は全員を食堂に集めます。食堂には孤児院の職員と三十人近い子供達が集まります。
「ム、まずは手を洗ってからと思ったんだが水がないな」
アイラさんが周囲を見回して言います。
水は貴重です。
この辺りは邪気に汚染されてしまっているので井戸の水は使えません。
水は町の中央通りまで汲みに行かないとないのです。
「中央通りか、遠いな。ならばここに水道を作ってしまった方がいいか」
水道? 何のことでしょうか。
アイラさんの指示でレイさんが鉄やら何やら素材を取り出します。
収納魔法ですか。
この男、それなりに魔法の心得があるようです。
そういえばサイクロプスもこの男が収納したのでしたね。
アイラさんはレイさんの出した素材であっという間何かを形作りました。
本当にあっという間です。ものの数秒です。
あれは何でしょうか?
鉄のパイプのようなものが床から生えている感じです。
「シノブ、付与を頼む」
「承知したでござる」
シノブさんがアイラさんが作ったものに何かをします。あれは水属性の魔法陣?
「よし、じゃあまずこれで手を洗ってもらおうか」
アイラさんが蛇口(?)というのを捻るとパイプの先から水が勢いよく出てきました。
すごい量です。いくらでも出てきます。
しかも信じられないくらい水がキレイです。
さっきシノブさんがやっていたのは魔法付与?
しかし魔法付与は何日もかけて魔法陣を書き上げ、さらに物に定着するまで時間がかかるはずです。
ものの数分で出来ることではないはずです。
子供達の中には水を飲んでしまう者も何人か。
「おいしい······」
「飲み水用に作ったのではないのだがな······」
アイラさんがそれを見て苦笑いをしつつ、微笑ましそうに言います。
水は蛇口を逆に捻ると止まりました。
これからは自由に使っていいとのことです。
「じゃあ食事を配ろう。簡単なものだがお腹いっぱい食べるといい」
食堂のテーブルにごちそうが並びます。
肉を軽く炒めたもの、こっちは野菜のスープでしょうか。
そして見たことのない赤い果実。
「いただきます」
アイラさんが食事の前には手を合わせ、そう言うとのことなので皆それに習って同じように言います。
そして一斉に食べ出します。美味しいです。
どれも味は素晴らしく、まるで貴族の食事のようです。子供達は我先にと手を伸ばします。
リュウとリエッタはすでに食べてきたとのことで、食器の用意と片付けを手伝っています。
それにしてもこの赤い果実はなんでしょうか?
鑑定で見てみます。
〈名称不明〉
非常に栄養価の高い果実。
名称不明······
それはつまりわたしが生まれてから一度も目にしたことも聞いたこともない果実だということです。
「アイラさん、この果実は何と言うものですか?」
「それはリンゴというものだ。栄養価が高く病気などに強い果実だぞ」
わたしの質問にアイラさんが答えてくれます。
リンゴ······聞いたことない名前です。
一口食べると口の中に甘みが広がりとても美味しいです。
今まで食べたどんな果実よりも味が濃厚です。
もう一度鑑定を行います。
〈リンゴ〉
非常に栄養価の高い果実。濃厚な味わいで口にした者を魅了する。とある地方では神の食す果実、知恵の実とも呼ばれる。
名称を聞き、一度食べたことにより鑑定が詳細になりました。
神の食す果実!?
確かに神が口にするにふさわしい程すばらしい味でしたが。
とある地方って何処ですか?
そしてアイラさん達は何故そのような果実を持っているんですか。
疑問が多すぎて頭が処理しきれません。
皆が食事を終えて、お腹いっぱいになった頃に院長が目を覚ましたらしく食堂に入ってきました。
「話しは伺っています。薬とみんなへの食事、本当にありがとうございます」
院長が頭を下げます。
すでにリュウとリエッタが事情を話したようです。
それにしても良かった。もう体から邪気の気配はありません。
「ですが対価は用意できませんが奴隷には私がなります。どうかこの子達はご勘弁ください」
奴隷? どういうことでしょうか。
話を聞くとリュウとリエッタは食べ物を分けてもらう対価として自らが奴隷になると言ったそうです。
それを条件にアイラさんが了承したと。
「いや、奴隷の件はもういい。実はここの子達にやってもらいたいことがある」
そう言ってアイラさんはある提案をします。
それはここの子達にあの土地の果実や野菜の管理をしてほしいとのこと。
あの広大な土地をアイラさん達三人で管理するのは厳しいからだそうです。
報酬としてあの土地の食物は自由にして構わないという。
それってこちらが思い切り得をしていると思うんですが。
もしかしてアイラさん、初めから奴隷にするつもりはなくこの子達を救うつもりだったのでは?
もちろんこちらに断る理由はありません。
頭を下げる勢いで了承します。
それから数日間で生活が劇的に変わりました。
子供達は大喜びで土地の管理をします。
アイラさん達の土地の食物はどんなに採っても2~3日で元通りになっているので、いくらでも採れます。
しかも美味しいです。
食べ物に困らない生活がなんと幸せなことか実感しました。
さらにアイラさん達は第三地区の邪気をすべて祓ってくれて健康面でも安心できるものとなりました。
神殿の高位の神官でも祓えなかった邪気をいとも簡単に······
孤児院の変化に気づいた第三地区の住人達はアイラさん達に助けを求めました。
院長のように病気で苦しんでいた者も、シノブさんの渡す万能薬で回復しました。
······一体いくつ特級万能薬を持っているのですか。
中には力ずくで食物を奪おうとする輩もいましたが、サイクロプスを倒せるアイラさん達に敵うはずもなくあっさり撃退されました。
その後、アイラさんの教育(?)でその者達は改心しましたが。
それに第三地区の犯罪者のほとんどは根っからの悪人というわけではありません。
治安が悪いというのは生きるための手段として犯罪を犯しているのです。
真面目に働いて生きれるならば皆真面目になります。
おかげで第三地区の治安はウソのように良くなりました。
飢える者もいなくなり、人々に笑顔が戻りました。
元々は気の良い善人だったのですね。
そういえばもうひとつ驚いたのはあの入浴施設というやつです。
アイラさん達が住む屋敷の隣にあった謎の建物。あそこは巨大なお風呂でした。
貴族の屋敷や神殿にもお風呂はありましたが、精々2~3人が入れるくらいの規模です。
しかしあそこは20~30人は一度に入れる広さでした。一度仕事をして汚れた子供達と一緒に連れていってもらいました。
「脱いだ服はここに入れておくのだぞ」
アイラさんの指示で子供達は脱いだ服をきちんと置きます。ちなみにここにいる子達は全員女の子です。
男の子は後でレイさんが同じように教えるそうです。
「リン殿は脱がないでござるか?」
服を脱ぐのに躊躇していたわたしにシノブさんが声をかけてきました。
······まあ、アイラさん達になら知られてもいいでしょう。そう決心したわたしは服を脱ぎます。
「ほう、リン殿は獣人という種族だったのか」
アイラさんがわたしの頭を見て言います。
そう、わたしはコンコ族というキツネの獣人です。普段はヘルムで隠していますが、わたしの頭には狐耳がしっかり生えています。
ついでにいえばシッポもあります。
この国では比較的マシですけど、人族と獣人族は何かと獣人の方が下に見られがちです。
聖女の護衛騎士が獣人族と知られるとセーラ様の迷惑になる可能性があるため、わたしは常に耳を隠しているのです。
「ちょっと触ってみていいでござるか?」
「え、ええ······構いませんが······」
シノブさんがわたしの耳に軽く触れます。ちょっとくすぐったいですが別に不快ではありません。
「おお、良い触り心地でござる」
「ほう、私も少し良いか?」
シノブさんに続いてアイラさんもわたしの耳に興味を持ちます。
二人とも獣人族に悪い感情はないようです。少しホッとした自分がいます。
それはそうとその後のお風呂は最高でした。
石鹸だけでも高級品だというのに、その上髪を洗うための専用のシャンプーとリンスなるものがありました。
シャンプーとリンスなんて初めて聞きましたよ。
使うと髪がサラサラになり凄まじい効果です。
こんなの大貴族どころか王族だって使っているかどうか。
そんなものが使い放題なんです。
お湯も出しっぱなしで身体を洗えましたし、
シャワー(?)といいましたか、あんなもの見たことないです。
さらに浴槽で身体ごと浸かるとまさに天国でした。
邪気を簡単に祓い、見たことのない果実、野菜を作り、さらにはこんなものまで作ってしまう。
アイラさん達は本当に何者なんでしょうか?