92 フェルケンとの和解
次の日。オレは今、学園の教室にいる。
······まさか異世界の学園に来てまで正義の仮面の姿になってしまうとは。
学園長との話が終わって保健室に戻るとエイミとミールの姿がなかったので探していたら、無意識にマスクを掴んでいた。
探知魔法で修練場にいることがわかり、大体の事情は見当がついていたけどこんなことになるとは······。
とりあえず正体はバレていないようだ。
あの後もとの姿に戻ったオレはエイミとミールに何があったのかそれとなく聞いたけど詳しく教えてくれなかった。
まああんなこと説明できないよな······。
フェルケンの妹のフェニアも大丈夫だろうか?
まだ朝の授業まで少し時間があるがフェニアの姿は見えない。
エイミとミールはすでに席に着いている。
フェルケンの姿も············まだないな。
と思っていたら教室の扉が開きフェルケンが入ってきた。
昨日は魔力切れで倒れてしまったがもう元気そうだな。
フェルケンはエイミとミールの姿を確認するとそのまま二人の席に向かった。
············何をする気だ?
まさか昨日の仕返しとかか?
そう思ってフェルケンが何をしてきても対応できるようにオレも警戒したのだが······。
「すまなかった。先日の言葉を撤回させてもらう。そしてお前達に正式に謝罪したい」
フェルケンが二人に頭を下げた。
······驚いた。あのプライドの高そうなフェルケンが素直に謝罪するとは。
「えっ······あの······っ!?」
「······どういう風の吹きまわしですか?」
エイミはあわあわ言い、ミールも意外そうだ。
「ケジメをつけたまでだ。昨日の決闘の負けは認める。それに決闘の最中にお前から邪悪な気配は感じなかったからな。ハーフエルフというだけでお前達を悪しき存在だと思うのは間違っていたようだ」
······どうやら本気で言っているっぽいな。
邪悪な気配がどうとか言っているが、もしかして決闘を受けたのもミールがどういう人物なのかしっかり見極めるためだったのか?
「······いえ、父様のしたことを思えばワタシ達がそういう目で見られるのも仕方のないことです」
「お前の父親とは私も何度か顔を合わせたことがある。何故あのような温和な人物があれほどの事件を起こしたのか疑問だった。エルフの里ではハーフエルフは災いを呼ぶ者と言われているのは知っているだろう? だからお前達があの男に何かしらの呪いをかけた可能性を考えていた」
「ワタシ達はそんなことはしません!」
フェルケンの言葉にミールが語気を強めた。
というかフェルケンとエイミとミールの父親は面識があったのか。
二人の父親はエルフの里でどういう立場だったのかな?
そういえば種族も知らない。
母親がエルフなんだから父親は別種族だろうけど。
よく考えたら人族とは限らないんだよな。
「ああ、お前がそんなことをする人物ではないことはよくわかった。姉の方も同様だ」
「そうですか············」
「だからこその謝罪だ」
「わかりました。謝罪を受け入れます」
どうやら一応の和解はできたようだ。
エルフとハーフエルフ全体の問題が解決したわけじゃないが、これをきっかけに良い方向に向かえばいいな。
「しかし一体どんな特訓をしたんだ? たった一日であれほどの力を身に付けるとは」
おっと、話がこちらに向いてきた。
フェルケンだけでなく周りで聞いていた生徒も気になっていたらしく注目されている。
まあある程度なら話してもいいか。
国王にも戦える人を増やして欲しいと頼まれているし。
「オレには成長促進させるスキルがあるんだ。オレが仲間だと認識した者のレベルアップのスピードが通常の何倍にもなるスキルだ」
「もしやそれは国王陛下が推薦したことと関係があるのか?」
「ああ、オレ達のスキルで学生、教師のレベルを上げて欲しいと依頼されている。もっともレベルアップさせる相手はオレ達の独断で決めていいとも言われているが」
オレの言葉に周囲の生徒がざわつく。
エイミとミールが異常なレベルアップをしているので自分も上げて欲しいとかそんな声が聞こえる。
あんまり注目されたくないんだが············仕方ない話題を逸らすか。
「そういえばあんた······フェルケンの父親はエルフの戦士だったそうだけど今は戦えなくなってるんだったな?」
「······ああ、そうだが」
「これを使えば父親の身体を治せるんじゃないか?」
オレはフェルケンに1本の薬を渡した。
「············こ、これは!!?」
フェルケンが驚きの声をあげる。
どうやら鑑定魔法で確認したらしい。
その薬は特級ポーションだ。
失った手足すらも治せるその薬なら怪我の後遺症にも効果があるはずだ。
「······本気か? こんな貴重な物を············そもそもどこで手に入れたんだ······」
フェルケンが驚きを通り越して呆れている。
そこまで驚くことなのか?
確かに貴重な物とは聞いていたがオレにとってはそれほどの物ではないんだけど。
素材を渡せばシノブがいくらでも作れるのでオレとアイラ姉のアイテムボックスには100本くらい入れてある。
「いらないのか?」
「いや·········しかしこれに見合う対価をすぐには用意できん······」
「対価はエイミとミールのようにハーフエルフというだけで敵視するような真似は今後しない、そう誓うだけでいい」
「本気で言っているのか?」
もちろん本気だ。オレは頷いた。
フェルケンが薬とオレ、そしてエイミとミールをそれぞれ確認するように見る。
「ふ······はははっ、本当に相当な変わり者だなキミは。わかった、フォマード家の名に賭けて誓おう」
前とは違い清々しい笑い方だ。
ここまで言い切ったのだから信用しておこう。
険悪な感じもなくなりいい感じにまとまったな。
「そうだ、もう一つ聞きたいことがあったのだが」
不意にフェルケンが話題を変えた。
何か嫌な予感が············。
「昨日からフェニア······私の妹の様子がおかしいんだが何か知らないか?」
やっぱりそのことか!?
知っているといえば知っている。
······何て答えればいいんだ?
「······様子がおかしいとはどのようにおかしいんですか?」
少し言いにくそうにミールが問う。
「昨日修練場で倒れていたと聞いたのだが何があったのか詳しく話してくれないんだ。時折顔を赤らめたり挙動不審になったりと様子がおかしくてな······。あのような妹の姿は初めてなので気になったのだ。体調には問題ないようなのだが」
確実にオレ············正義の仮面が原因だな。
話を聞くと今日は大事をとって学園を休ませているそうだが特に身体に不調はないらしい。
「悪いけど心当たりは············」
ないとは言っていない。
「そうか、すまない妙なことを聞いた」
そう言ってフェルケンは教室から出ていった。
どうやらすぐにでも父親の所に薬を届けるつもりらしい。
············深く聞かれなくてよかった。
フェニアも明日には学園に復帰するみたいだし、その時それとなく様子を確認しておこう。
「レイさん、レイさんー」
今のやりとりを見ていたミウが声をかけてきた。というか教室にいた生徒全員が注目していたようだ。
「今フェルケンさんに渡したのって特級ポーションですよね? そんなのポンッと渡したら目立ちすぎますよー」
オレも渡してからそう思った。
けど父親の怪我でエイミとミールを敵視していたのなら治した方がいいと思ったんだ。
「やっぱりまずかったかな?」
「他のみなさんは上級ポーションくらいに思ってるでしょうけどそれでも貴重品ですからねー。それにエイミさんとミールさんのレベルアップもありますし、もう大注目されてますよー」
まだ学園に通って3日目だが動きすぎたか······。
これからはもっと慎重にやろう。
············もう手遅れかな?
「それはそれとしてレイさんー、お願いがありますー!」
「ん、なにかな?」
「あたしももっとレベルアップしたいですー! エイミさんとミールさんズルいですよー。しかも寮まで同じ部屋だなんてー」
ああ、レベル上げか。
確かにエイミとミールは一日でミウを上回ってしまったからな。
寮の部屋のことはともかくそれくらいならいいけど。
「エイミさん、ミールさん! あたし負けませんからねー!」
「えっと······なんのことでしょうか? ミウネーレさん······」
「えと······あの······」
ミウの謎の宣言に二人が困惑している。
オレが穏やかな学園生活を送るのは無理なんだろうか?