8話 旦那様
お姉さまのその言葉を聞いた後はよく覚えていません。 気が付いた時にはケルベロスは横たわり、紫色の光の鎖でがんじがらめにされていました。 私達は全員お姉さまの転送ゲートでエーリス宮殿に送り届けられ、重傷者は軍医に手当てを受けています。
「幻獣相手によく戦ったものだ 」
私はエーリス宮殿のお姉さま専用の浴場に転送され、お姉さまと一緒に治癒効能の高い薬湯に浸かっていた。
「お姉さまが来てくれなかったらと思うとゾッとしちゃいます 」
「すまなかったな。 ケルベロスだと分かっていたら捕獲の軍をすぐ向かわせたのだが 」
「それを確認するための調査でしたから。 突っ込み過ぎた私が悪いんです。 ドジも踏んじゃいましたし…… お姉さまと旦那様に助けてもらいました 」
「誰一人欠けることは…… か。 そういえばヒロユキの顔が見えなかったようだが 」
「ヘラ様に捕まっちゃったんですもの、そう簡単には戻れませんよ。 お姉さまもそうでしょ? 」
「まあ…… そうだが。 いや、ヒロユキが悪いのだ! 今回の報告書は全てヒロユキに書かせるとするか 」
「そんな! 旦那様が可哀想です! 」
お姉さまは楽しそうにクツクツと笑う。 そういえば……
「お姉さま、制限されていた力は解除してもらったんですね! 」
「今回だけの特別措置だ。 あのバカ者、私が頭を下げたのに面倒くさいと抜かしてな、10発程殴ったら一時的に制限を解除するから自分で行けと言ったのだ 」
今はもう人間並みにまで神の力を制限されている、とお姉さまは手のひらをニギニギしながら笑う。
「お姉さま、その…… 私の今回の処分はどうなるんでしょう? 」
「処分? なんのことだ? 」
大事なことだ。 私のせいで皆を危険な目に合わせ、お姉さまが来てくれなければ精鋭部隊二つを失うところだったのだから。
「途中から現地で指揮を執っていたのは私です。 ケルベロスを怒らせ、地上に出してしまったのも私です…… わわっ! 」
なんだ、その事か。 とお姉さまに顔にお湯を掛けられた。
「確かにお前は自分の力量を見誤り、私の部下を危険に晒した。 下手をすればケルベロスによってエーリュシオンは全滅していたかもしれない 」
冥界の女王としての顔。 今私を見据えるお姉さまの目は正直怖い。
「だがお前のお陰で、幻獣にセイレーンの歌が効果があることがわかった。 この功績はとても大きい。 いずれは化石魔獣の捕獲や発掘、調教にセイレーンの部隊が編成されるかもしれん。 十分相殺する値はある 」
それに、とお姉さまの表情がフワッと緩む。 この優しい笑顔、旦那様と一緒になってホントよく見るようになった。
「失態があるとはいえ、私はお前の行動が間違っていたとは思っていない。 それでも何らかの責任を負わなければならないのなら、それはヒロユキが負うべきものだ 」
「え…… 旦那様に責任なんてありません。 私が勝手に…… 」
「主とはそういうものだ。 それにヒロユキはお前をよく頑張ったと誉めこそすれ、咎めることなどない。 そういう男だ 」
「上に立つって、大変ですね 」
「そうでもないぞ? 私の配下は皆優秀な者ばかりだ。 あまりに手が掛からなくて私の方がヘコんでしまう 」
ザバッっと湯船から立ち上がったお姉さまは、笑顔で私に手を差し伸べてきた。
「さあ、エーリュシオンへ戻ろう。 ヒロユキに少し文句を言ってやらねばな 」
「はい! …… って、お姉さまは旦那様に会いたいだけじゃないんですか? 」
少し頬を赤らめてフフっと笑うお姉さまの手を、私はしっかりと握り返した。
「旦那様、旦那様ー! 」
私は今、旦那様を探して走り回っています。 というか、今日も、なんですけど。
ー 旦那様ならグリフォンでお出掛けになりましたよ ー
お屋敷の庭を掃除していたメイドの彼女がジト目で私にメモを見せてくる。
「まったく…… いつも忙しい方なんだから! 」
エーリス本土から旦那様宛に書状が届きました。 書状の内容は封を開けてないので分かりませんが、きっとここからエーリス本土に送ったケルベロスの事でしょう。 お姉さまがワンパンで気絶させたあの幻獣は、ハーデス様のポチに匹敵する強さを持っていると噂で聞きました。 一騎当千ならぬ一頭当千。 その調教はハーデス様に預けられたそうです。 その幻獣が眠っていた洞窟はエーリス本土の三軍に一任され、島全体を対象に他に化石魔獣が眠っていないか調査されることになりました。 おかげで港エリアは兵士でパンパン、とても賑やかです。
お姉さまもついさっきまでこの島に戻ってはいたんですが、大事な会議の途中だったらしくすぐに迎えのグリフォンに乗って戻ってしまいました。 転送ゲートが使えないのってやっぱり不便なんですね……
見送りしたのも束の間、軍の各指揮官らが私を見つけて走り寄ってきます。
「リーサ様、この地区の人払いですがどうされましょう? 」
「リーサ殿、この一帯の報告なのですが…… 」
「島主代理、兵士らの食事の件ですが…… 」
「リーサ様 」
「島主代理! 」
島主の命令に従えとお姉さまが軍に命令した言葉で、旦那様が不在の今、軍からの要望やら報告やらがこんな風に私に集中しちゃってます。 これを捌くなんて無理!
「旦那様、早く戻ってきてくださーい! 」
穏やかに流れる雲に向かって不満を一発。 すると、雲の真ん中にこちらに近づいてくる影が一つ。 グリフォンを駆る旦那様でした。 嬉しくなって旦那様に大きく手を振ると、そのグリフォンが突然向きを変え、見事な宙返りを決めてあっち方向へ飛んでいってしまいました。 飼い主のメイドの彼女が操獣していなくてもそうなっちゃうんですね…… 私は指揮官らと一緒に唖然と空を見上げてました。
「サッと舞い降りて、カッコ良く決めて下さいよ…… まあ、それが出来ないのが旦那様らしいんですけど 」
指揮官らから失笑と苦笑が漏れる。 目下から笑われてますよ? 旦那様。
「どうしよう、この書状…… 」
握っていた書状を見つめていると、ふと私を覆うように影が差した。
「ありゃしばらく帰ってこれそうにありませんな。 グリフォンにバカにされておられる 」
グリフォンのアクロバット飛行を、ため息をついて見上げるアグリオス。
「開けてみてはどうですか? 緊急の用件なら一大事です 」
後ろから声を掛けて来たのはシャロン。
「自分が止めて来ましょう。 グリフォンに追い付けるかは自信ありませんが 」
レグルスはサッと翼を広げて大空へ羽ばたいて行きます。
「…… 無理だな、あれは 」
「レグルス、完全に遊ばれてますね…… 」
私は旦那様を諦めてエーリスの紋章の封を切る。
「…… !? 早く降りてきて下さい! 旦那様ぁー!! 」
最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。
エーリュシオンのその後を少し書いてみたいなという単純な発想で書いてみたのですが、本編を読み返していると自分の文章力のなさに恥ずかしくなってきますね。 誤字脱字、ここはおかしい等あればご指摘頂けると励みになります。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。