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7話 絶対絶命

 「「「うをぉぉぉ!! 」」」


 ケルベロスの前脚の攻撃を三人がかりで受け止めたギガース族が、いとも簡単に宙に吹き飛ばされた。 身に付けていた頑丈な鎧は砕け散り、三人とも地面を滑って転がる。


 「はあっ! 」


  グオオオォォ!!


 特務隊の二人が前脚の付け根を狙って槍を突いたが、咆哮の衝撃波で穂先は届かず突き飛ばされる。 三つの首、燃え盛る炎のような鬣、鋭く鈍い光を放つ爪、大木のような太い四肢。 ケルベロスが洞窟から出てきてその巨体を現してしまった。


 「あ…… あぁ…… 」


 その凶暴な性格を表しているかのような三白眼に全身が硬直してしまう。 


 「お逃げ下さい、リーサ様 」


 淡々と言うシャロンの目線はケルベロスに向けられたままだった。 折れた長剣を斜に構え、真正面のケルベロスと睨み合っている。 ケルベロスも航空隊から投げられる槍の攻撃に怯むこともせず、シャロンに向けて威嚇の唸り声を響かせていた。


 「時間を稼ぎます。 といってもそんなに持ち堪えることはできませんが…… 」


 「ダメです! 私一人逃げる事なんて出来ません! 」


 シャロンは死を覚悟している。 特務隊も、第二遠征隊も、第五航空隊も命を落とした者はいないが、皆満身創痍でほぼ壊滅と言っていい。 シャロンは一人で突っ込むつもりだと悟った。


 「航空隊の知らせが速ければ、既に本土からの討伐隊がこちらに向かっているはずです。 合流してあのケルベロスを討ち取って下さい 」


 「あうっ! 」


 シャロンに肩を強く叩かれ、私は後ろに転んでしまった。 それと同時にシャロンは物凄い速さでケルベロスに向かっていく。


  どうしよう! どうしようどうしよう!!  …… そうだ!


  キイイィィィン


 胸の前で両手を合わせ、私は全力で叫んだ。 かつて旦那様と一緒にミノタウロスと戦った時に使った高周波の歌声。 いくら幻獣といっても効果はある筈! 思った通りケルベロスは目を細めて一歩後退った。


 「くぅっ! 」


 しまった! その効果はケルベロスだけでなくシャロンや他の部下にも出てしまい、シャロンはケルベロスの前で派手に転び、第五航空隊は地面に落ちてくる。 


  誰一人欠けることは許さん


 旦那様がいつも皆を見送る時に言っていた言葉が頭をよぎった。 気が付けば私は無意識の内にシャロンの元に走っていた。


 「リーサ様!! 」


 頭を押さえて苦痛の表情を浮かべるシャロンを背に、私は両手を広げてケルベロスと対峙する。 不思議と恐怖は感じなかった。


  グオアアァァ!! 


 真正面から咆哮を浴び、強烈な衝撃波を受けて後ろに飛ばされた。 咄嗟に庇ってくれたシャロンのおかげで私はあちこちを擦り剝いた程度で済んだが、シャロンはその自慢の脚を傷めてしまったようだった。


 「無茶苦茶ですリーサ様! 奴の前に立ちはだかるなどと…… 」


 「旦那様はいつも言ってました! 誰一人欠けるなと! 旦那様の配下である以上、私達は誰一人欠けることは許されないんです! 」


 「しかし! この状況でどうすると言うのです!? 」


 私は再び両手を胸の前で合わせた。 大きく息を吸い、目を閉じて精神を集中させる。


 「!? これは、癒しの歌ですか! 」


  お願い もうやめて


 私は文字通り、祈る思いを込めて癒しの歌を歌った。 声が届けば…… あの強大な幻獣に祈りが届けば…… これが私に出来ること全てだった。


 「おぉ…… 」


 グラディオン達の驚きの声が聞こえる。 目を開けると、ケルベロスの動きが止まっていた。


 「…… 聞いている…… のか? 」


 私を抱きかかえるシャロンはそう呟く。 グルルルと喉を鳴らし、6つのケルベロスの目が私を凝視していた。


  大丈夫、私達は敵じゃない


 そう強く願って歌い続けた。 その場の誰もが動きを止めて行く末を見守っている。 頑張らなきゃ…… 喉が限界だけど、ここで頑張らなきゃ私はただのお荷物だ!


 「けほっ! ゲホゲホっ!! 」


  グオアアアァァァ!!


 せき込んで歌が止まった途端、一回り大きな咆哮を上げてケルベロスが突進してきた。 鋭い牙を剥き出し、三つの口が目の前に開かれる。


  旦那様…… お姉さま…… 私、もうダメです……


 諦めて目を閉じる。


  『胸を張れ、リーサ 』


 幻聴…… 愛おしく、待ち焦がれた声が辺りに響いたような気がした。 ふと香る、優しいアマリリスの匂いに目を開けると、ケルベロスの三つの首は空を見上げるように跳ね上がり、仰け反ったまま宙に舞い上がっていた。


 「…… 」


 私を包む紫の光。 透き通るような薄紫のセミロングの髪。 肩を露出したワインレッドのドレス。 言葉なんて一つも出せなかった。


 「こういう時こそ胸を張り、不敵に笑うものだ 」


 お姉さまは右腕を高く突き上げたまま私に振り返った。 その優しい微笑みに思わず涙が込み上げてくる。


 「お…… おね…… 」


 「うん? 言葉になっていないぞ? 」


 「お姉さまぁ!! 」


 私は無意識にお姉さまの細い腰に抱き付いていた。 お姉さまはそっと私の頭を撫でてくれる。


 「よく持ち堪えた。 後は任せておけ 」



 

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