5話 化石魔獣
「わざわざこれを届けにここまで来られたのですか? 」
シャロンは部下と一緒に袋詰めのクッキーを手にしてプルプルと震えていた。
「レグルスが運んでくれたので苦はないです 」
「いえ、そういうことではなく…… 」
軍の規律にうるさいシャロンには危険な場所には近づくなと怒られそうな気はしてたけど、彼女は軽くため息をついて私に微笑んでいた。
「ありがとうございます、皆もより一層励むことができましょう 」
やれやれといった笑みを向けるシャロンには、既に口実だというのがバレてるみたい。 それでも帰れと言われなかったのは私の気持ちを汲んでくれたのだろう。 シャロンにだけは苦笑いで返してみた。
「そういえば、この辺りのドリアードの気配が薄いとかなんとか 」
「いえ、私が感じたわけではないのですが、マリアの村に立ち寄ったレーリアが聞き取ってきた情報です 」
そうだ、とシャロンは私の前にひざまづいて目線を合わせる。
「リーサ様ならドリアード達の気配を感じられませんか? 」
「え? 感じることは出来ないけど、歌に誘われて姿は見せるかも。 やっぱり気になるんですか? 」
「はい、初めは気にすることでもないかと思ったのですが…… 試して頂けますか? 」
怖くないよ…… 出ておいで
そんな想いを込めて私は胸の前で祈るように手を組み歌い始める。 特務隊はじっとその場に留まり、周囲を見渡して森に動きがないか観察していた。 私も歌いながら同じように見渡していると、レーリアと特務隊の何人かが何かに気付いて視線を向けた。 その視線を追うと、木の影にシカがこちらを向いてこちらの様子を伺っていた。
「いない…… 」
効果があるとしばらく歌ってみたが、寄ってくるのはウサギとか犬とかオークとか。 終いに野生のキマイラまで寄ってきてしまい、これ以上は危険だと判断して止めたけど、その中にドリアードの姿を見つけることは出来なかった。
「リーサ様、第二遠征隊が落盤したと思われる洞窟らしきものを発見しました 」
レグルスの部下が一報を届けてくれる。 が、少し落ち着かない様子に見えたのは、発見しただけでは済まなかったんだろうか。
「…… 第二遠征隊に何かあったんですか? 」
「いえ、皆その周辺で待機して指示を待っております。 その…… 差し入れて下さったクッキーが嬉しくて…… 皆も気合いが入りすぎていまして 」
「へ? 」
後ろからクスクスと特務隊の笑いが聞こえてきた。
「さあ参りましょうリーサ様。 皆、リーサ様のご命令を待っています 」
「…… 私? なんで? 」
アグリオスが留守を預かる間は、第二遠征隊の指揮を執っているのはシャロンだ。 何で私の命令になるのだろう? 戸惑っている私がおかしかったのか、シャロンは軽く笑っていた。
「旦那様もそう仰っていたのが懐かしいです。 そんな時、島の調査に同行されていた旦那様はよく、こう仰られていました 」
「「「任せる 」」」
シャロンだけでなくレーリア達部下までもが口を揃え、言った後はおかしくて皆で笑った。 指揮官だけの繋がりじゃなく、皆旦那様をよく見てるんだなと思う。
程なくして合流した第二遠征隊は、洞窟から少し離れて待機していた。 私の顔を見るや否や、その場に片膝をついて私の顔を見ていた。 シャロンいわく、指揮官は堂々としていなければならない。 指揮官が迷っているとその隊や軍の士気に影響してしまうのだそう。
「入り口から見た限りでは、内部は大きな洞窟になっているようです。 どこまで続いているかはわかりませんが、若干の潮の匂いと獸臭がしました 」
「潮の匂い? 海水が入り込んでる? 」
はい、と第二遠征隊の副指揮官のグラディオンが報告してくれた。
「海水…… 」
こんな森の奥に海水? どこから入り込んだのかと考えていると、最近起こった出来事に気付く。
「あ…… 海面が上がったんだ 」
水位が上がったことで洞窟内のどこかに穴が開き海水が侵入してきた。 あるいは元々横穴とかが開いていて、そこから海水が入ったのかもしれない。
「化石魔獣の類いでしょうか? 」
シャロンが言う化石魔獣というのは、何らかの原因で魔獣の卵や繭が地中に閉じ込められ、長期間を経て孵化した個体のことです。 化石魔獣は長期間を繭や卵の状態で過ごす為、強大な力を持っていることが多く、100年以上のものは〈幻獣〉と呼ばれます。 ケルベロスやテュポーン、グリフォンなんかは幻獣です。
「このエーリュシオンで発掘された個体は聞いたことありませんが…… 念の為お姉さまには連絡しておきましょう。 レグルス、エーリスまで飛んでくれますか? 」
御意と答えたレグルスは、すぐに部下のフルーレンをエーリスに飛ばせる。
「侵入してみますか? 」
仮に幻獣だとしたら一大事だし、私達の手には到底負えない。 でも化石魔獣だと決まった訳ではないし、真偽は確かめておく必要がある。
「行きましょう、人選は任せます。 私も行きますから 」
「それはなりませんリーサ様! 危険です! 」
「海水があるのなら私の出番でしょ? 水の中ならこの場の誰よりも強いです 」
「それはそうですが…… 」
悩むシャロンを真正面からじっと見つめてみる。
「…… わかりました。 ですが、我々が先行してある程度の安全を確保してからです 」
ここが妥協点かな…… やれやれとシャロンはため息をつき、少し待っていて下さいと第二遠征隊を含めた部下10名を連れて洞窟に入っていった。
「こういう探索は我々には出来ぬこと…… 歯がゆいです 」
レグルスは洞窟を見つめて目を細めている。
「でも彼女達は空を飛べません。 得手不得手があるんですから、そう卑下することはないです 」
「はぁ…… 」
「と、きっと旦那様も仰ると思います 」
はい、と答えるレグルスに笑ってみせる。 不安な気持ちを抑えつつ、私は地上に待機した仲間と共にシャロン達の帰りを待つのでした。