4話 いい考え
夜通し営業日報とにらめっこして、結局私は何の収穫も得られなかった。 最近になって変化があったと言えば、住民達が役所に持ち込むお魚の量が増えたことと、塩の生産がスタートしたことだけ。 無駄な事をしたと反省し、一度お屋敷に帰って仮眠を取ることにした。
「おはようございます、リーサ様 」
橋を渡っている途中、アグリオスの部下ゴドーが挨拶をしてきた。
「おはようゴドー。 何をしてるの? 」
ゴドーはその大きな体を丸め、体に似合わない小さなバケツを手に花壇に水やりをしていたらしいのだけど…… なんだか困った顔をしていた。
「いえ、特務隊に変わって水をやっていたんですが。 どうも加減がわかりませんで 」
普段堂々としているギガース族が、おっかなびっくりお花の世話をしてるのはちょっと笑える。
「もっと沢山、鉢から滴るくらいあげても大丈夫です。 土を流さないようジョウロを使うといいですよ 」
はっ! とゴドーは走って宿舎へ戻っていく。 特務隊が毎日、大切に育てているのを知っていたんですね。 なんだか微笑ましい……
自室のベッドに横になるとすぐに睡魔が襲ってきた。 うつらうつらしながらも、不穏な気配の事を考える。 あぁ…… レグルス達が帰ってきたら報告書作らなきゃ。 何も異常がなければそれに越したことはないけど、もしエキドナのような事態になったら…… そういえば旦那様はいつも最悪の事態を想定して準備してたっけ…… そんなことを考えていたらなんだか眠れなくなってしまった。
「上に立つってとても大変なんだなぁ 」
いつだか旦那様が倒れた事を思い出した。 手探りだらけで無理をしてたあの頃は、相当なプレッシャーがあったんだろう。 それを思うと、こんな調査くらいで旦那様に心配をかけてられない。 頑張らなきゃ!
メイドの彼女に起こされた頃にはもうお昼を過ぎていた。 いつまでも部屋から出てこない私が心配になったらしい。
ー 気負いするなという意味で昨日は外に出しましたのに。 兵を信じて待てばいいんです! ー
「でも…… 」
ー 旦那様の兵は精鋭ばかり。 リーサ様が指示をしなくても自身で考え行動しますよ ー
「わかってるわよ。 それでも何かの力になれればと思っただけよ 」
メイドの彼女は可愛い器に盛ったサラダをテーブルに置きながらウーンと唸り、さらさらとメモに書く。
ー ご自分の目で確かめるのが早いんじゃないでしょうか。 旦那様の得意技です ー
ウーン…… 今度は私が唸る番だ。
「そうだけど、連れていってくれるかなぁ…… 」
ー それならいい考えがありますよ ー
夕方に宿舎に戻ってきた第五航空隊は、各隊が集めた調査状況をまとめてレグルスが集約し、お屋敷で私に報告してくれる。 今日も特に目立った異常はなく、残るは島北東の一角だけとなった。 ここは森林地帯で木々の密集度が高く、空からではほとんど状況がわからないのだそう。 地上部隊の報告を待つしかないとレグルスは苦笑いをしていた。
「気にする程のことではないと特務隊は言っていたのですが…… 」
「うん? 」
レグルスは地図上のマリアの村の東を指差す。
「この辺りはドリアードの住処となっていて、キノコや胞子系の植物が多いそうです。 ですがここ最近、その実りが極端に少なくなったとマリアの村の住民が言っていた、と話していたそうです 」
「キノコが実らない? 」
ドリアードの住みつく森は、その森が平穏である証拠でもあります。 静寂で水気をたっぷり含んだ土地を好み、ドリアードは胞子系植物の成長を促すそうで、キノコやワラビがよく採れると言います。 それが少なくなったということは、平穏を好むドリアードがいなくなってしまった…… ということなんだろうか?
「レグルス、明日は私も現地へ連れて行ってくれませんか? 」
「何を仰いますかリーサ様。 旦那様と女王様が不在の今、この島の指揮権はリーサ様にあります。 危険が及ぶかもしれない所にリーサ様をお連れするわけには…… 」
「現地で頑張っている皆に差し入れをしたいなと思いまして 」
私は少しずつ袋詰めしたクッキーをレグルスに見せる。 航空隊が帰ってくる前に作ったメイドの彼女のいい考えというやつだ。
「お姉さまや天界の女神様方がお気に入りのバタークッキーです 」
「なんと! 女王様がお口にされる物を我々に!? それは許されることなのですか? 」
「お姉さまだってきっと笑顔で振る舞えと言う筈です。 一人一人に直接渡したいのですが…… ダメですか? 」
目をウルウルさせ、上目遣いでレグルスに迫ってみる。 レグルスは胸に手を当て、目を閉じて天井を見上げていた。
「…… お心遣いありがとうございます、皆も喜びましょう。 このレグルス、リーサ様のお側にお仕えし、ここへ戻るまでリーサ様の安全をお約束しましょう! 」
「あ…… ありがと…… 」
ちょっと大袈裟過ぎたかもしれないけど、でもこれで現地の様子を見ることができる。 旦那様の真似をして何か気の利いたことができる訳じゃないし、皆の邪魔をするかもしれない。 何もなかったのであれば、異常はありませんでしたと自信を持ってお姉さまに報告したかった。 ふと気付くと、ドアの隙間からメイドの彼女が親指を立ててグッジョブをしていた。