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3話 旦那様代理?

 「そんなぁ…… 」


 と小さな声で愚痴を言ってみる。 アルテミス様がいてくれたらどんなに心強かったことか……


 「どうされたリーサ殿!! 」


 「うわひゃ! 何なんですかアグリオス! 」


 突然アグリオスが剣を構えてお屋敷に飛び込んできた。 びっくりした……


 「いや、悲鳴のような声が聞こえたもので…… 」


 あ…… さっきの私の叫び声か。 わざわざ駆けつけてくれたんだ。


 「いえ、なんでもないです…… 大丈夫です 」


 苦笑いで返すと、はあ、とアグリオスは不思議そうな表情のまま戻っていった。


 「あまり気負いせずどっしりと構えていて下さいリーサ様。 調査任務は我々が必ず成功させます 」


 一部始終を見ていたからか、レグルスは私の正面に回り込んで優しい言葉をかけてくれた。 気負いと言うか、そういうつもりではなかったんだけど……


 ぞわぞわぞわぞわ


 「んきぃやぁあ! 」


 背中の真ん中を絶妙な力加減で這い降りてくるくすぐったい感覚に全身が震える。 思わずレグルスに寄りかかって振り返ると、メモを掲げたメイドの彼女がジト目で私を見つめていた。


  ー 今日は外で食べてきなさい。 旦那様が戻られないのなら作るの面倒です ー


 これは彼女なりに気を使ってくれたのだと後で知りました。


 「どうされたリーサ殿!! 」


 再び凄い勢いでアグリオスが駆け込んでくる。 それにも悲鳴を上げ、私は恥ずかしくなってアグリオスとレグルスの手を引いて兵士宿舎に逃げ込んだのでした。




 「リーサ殿の声はよく通りますからな 」


 外で食べて来いとメイドの彼女に言われてしまったので兵士宿舎のキッチンか役所のキッチンを借りようとしたのだけど、もしよろしければとアグリオスのお誘いに乗ることに。


 「セイレーン族の歌は芸術ですからね 」


 「自分もその歌声で癒されたいなぁ…… 」


 以前旦那様が部下達と食事をする際に何度か同席したことはあるんですが、ご多分に漏れず今回も皆よく喋る。 普段兵士と食事することはもちろん、常時お姉さまや旦那様の付き人として仕えていた私は脇に控えて見守るだけで、こんな賑やかな食事には免疫がない。


 「お前ら! 少し遠慮ってものを知らんのか! リーサ殿が困っているだろうが! 」


 アグリオスが気を遣って部下達を叱りつける。  


 「いいんですアグリオス、お邪魔しているのは私なんですから 」


 「まったく…… 旦那様に慣らされたせいか目上に対する配慮が足りないんですよこいつら 」


 そういうアグリオスも本気で叱っている様子ではなかった。


 「私も最初は驚きました。 まさか旦那様が我々と同じ雑飯を食され、駒である我々一人一人の事を教えてくれと仰られるとは思いもしませんでした 」


 というのはレグルス。 真面目過ぎるくらいの彼にはしばらく受け入れられなかったらしい。


 「我らも最初はどうしようかと思ったものだ。 シャロンなど目玉が飛び出るほど驚いていたぞ 」


 がハハハと笑うアグリオスはジョッキの葡萄酒を一気に煽っている。


 「そういえばあの時旦那様、二個小隊を酔い潰したんでしたっけ 」


 「そうだ! 旦那様は酒にもめっぽう強くてな。 アレス様まで酔い潰してしまわれてたぞ! 」


 懐かしい…… あれからまだ一年も経っていないのに、とても昔の事のように感じてしまう。  


 「アレス様!? アルテミス様ならず、旦那様は本当に計り知れない…… 」


 旦那様の事だけど、なんだか私も鼻が高くなる。


 「だがレグルス、お前を含め自分らを駒と呼ぶのはよせ。 旦那様が悲しまれる 」


 「…… ここに配属になって主が変わり、ハイそうですかとすぐに切り替われるものではありません。 そうでなくても自分は一偵察要員でしかなかったのですから 」


 レグルスは自分のグラスを見つめていた。 そうだよね…… こんなフレンドリーな主なんて前代未聞だもの。 でも……


 「旦那様もそうでしたよ。 力もない、特技もない、平凡な人間の俺がお姉さまの夫というだけで皆の主になっていいのか、って。 毎日のように悩んでおられました 」


 「え? 旦那様が…… ですか? 」


 ハイ、とレグルスに頷いて見せると、アグリオスはレグルスのグラスに葡萄酒を注ぎ足す。


 「私も面と向かってそう言われた。 実力がない主になど従う気にはなれないだろう? と。 だから君達の事を教えて欲しい、俺の事を知ってほしい。 そう真剣に仰る姿に、正直困惑したものだ 」


 続いて自分のジョッキにも注ぎ足そうとしたところを、私はピッチャーを奪い取ってアグリオスのジョッキに注いだ。 おぉ…… と、何とも言えない情けない顔が私に向けられる。


 「旦那様は個々を大事になさる。 我々を我が子だと思って下さる。 私の部下だけでなく、シャロンの部下やお前の部下一人一人の名まで覚えているぞ? その証として、我々が出陣する時に必ず仰ることがあるだろう? 」


 「誰一人欠けることは俺が許さん、ですね…… なんだか、やっと飲み込めました 」


 「旦那様は我々を駒として使うのではなく、共に生きる仲間だと思っていらっしゃる。 そのお気持ちにどう応えるかはお前次第だ 」


 アグリオスとレグルスはグラスとジョッキを合わせた。 それを見た部下達から歓声が上がる。


  そうだった。 旦那様は部下一人一人を信頼してこの島を作っていってる。 出来ることは最前で動き、出来ないことは信用して任せていた。 じゃあ、留守を任された私は今何をするべきか。


 「ありがとうアグリオス、レグルス。 ご馳走様 」


 自分の食器を重ねて私は席を立つ。


 「え? もうよろしいのですか? 」


 「ええ、お腹いっぱいになっちゃった 」


 美味しかったよと付け加えて宿舎を後にする。 お腹いっぱいになった訳じゃない。 やらなければならない…… いや、やるべき事を見つけてじっとしてられなかった。 その足で居住区への橋を渡り役所の裏玄関に向かった。


 「あれ? リーサさん。 どうしたんですかこんな時間に 」


 カウンターではカンナが書類を積み上げ、カップを片手に一息入れているところだった。 ロビーに広がるコーヒーの香り…… これ、私の焙煎したコーヒーなんです。


 「営業日報をちょっとね。 カンナは残業? 」


 「ええまぁ。 今日は住民からの交換物が多かったもので 」


 カウンター裏の倉庫ではユーリとアグリオスの部下が倉庫整理をしているのが目に入った。


 「ご苦労様。 無理しないで応援必要だったら言ってね 」


 ハイ、とカンナはニコニコ顔でコーヒーを啜る。 そうそう、1ヶ月ほど前からこの島でもお魚が獲れるようになったんです。 旦那様が海神ポセイドン様に掛け合って、この島周辺の海の水位を上げてもらったんです。 色々と大変だったようですが、港の桟橋に大型船が入れるようになったのもこのお陰とか。


 「営業日報なんて、何かあったんですか? はっ! サボってませんよ私! 」


 違うよ、と軽く笑って私は日報のページを捲る。 営業日報にはその日の交換物や相談事、町の変事なんかを書き留めてある。 もしかしたら今回の不穏な気配に関する事柄が見つけられるかもしれない。 無駄な事かも知れないけど、ただ調査報告を待っている気にはなれなかった。





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