2話 私の立ち位置
ー エーリュシオン島北部に不穏な気配を感じると本土観測隊から連絡があった。 大したことではないと思うが、すまぬが、調査をして報告書を本土に送ってもらえないだろうか。 PS 私も戻ってお前の側で調査するべきなのだが、あのバカ者のいい加減な業務のせいでまだ戻れそうにない。 お前なら安心して任せられるが、くれぐれも私を心配させるような事だけはせぬように。 私の留守中、寂しくはないか? 業務を放り出してお前の側に戻りたいが、それではお前は納得せんのだろう。 お前に…… ー
「お姉さま、追伸が長すぎです 」
書状はお姉さまからでした。 シャロンやアグリオスと話した結果、緊急の内容だったら一大事ということで、私は旦那様の代理として封を開けたのです。
「して、女王様はなんと? 」
「北地区を調査せよと。 半分以上が旦那様へのラブレターですけどね 」
「ラブレターですか…… 失礼ながら、我が女王には縁のないことと思っておりました 」
ハーデス様に力を封印されて以来、お姉さまは少しお淑やかになられた気がする。 力が使えない不便さを漏らす事もたまにあったけど、旦那様の前では決して口にはしない。 むしろ他人に任せる、頼るといったこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
「最近は手紙が楽しいそうですよ。 旦那様に会えない日は手紙にその思いを綴り、会えた日はより一層嬉しいと仰ってました 」
シャロンはそれには答えず柔らかい笑顔を見せる。 思えばこの人も旦那様の配下になって、ずいぶんと丸くなったような気がする。 以前は殺伐としていて笑顔なんて見たことがなかった…… 旦那様の影響力ってやっぱり大きいなと思う。
「シャロンも旦那様宛に書いてみたらどうですか? お慕いしてるでしょ? 」
「え? …… めめめ! 滅相もございません! 私ごときが旦那様にラブレターなどと…… お慕い申し上げてますが! いえお慕いと言いますか、それも畏れ多くて…… リーサ様、私で遊ぶのはお止め下さい! 」
顔を真っ赤にして言い訳するシャロンが可愛い。 ゴホンと咳払いをしたアグリオスを見ると苦笑いしていたが、彼もこんな時間が微笑ましいのか穏やかな表情だった。
「北地区ですか…… マリアの村で何かあったのでしょうか? 」
「北部とは定期的に物資のやり取りや情報交換はありますが、住民達からそんな噂は聞きませんね 」
「我々が報告を受けるほどでもない程度のものなのか、そもそも何もないのか 」
「だとしても、本土の観測隊が何かを感じ取ったのですから早急に調査はするべきでしょう。 旦那様なら自らも行くと言い出しそうですし 」
シャロンとアグリオスは揃って頷いた。
「レグルスに先行させましょう。 地上からは我々特務隊が参ります。 アグリオス、その間は町を頼みます 」
シャロンは一礼してすぐさまお屋敷を出ていった。
「では我々第二遠征隊は特務隊の警備任務を引き継ぎ、半数を非常時の援軍として待機させます 」
そう言ってアグリオスもまた一礼し、ドスドスと重たそうな鎧を揺らしながらお屋敷を出ていく。
「あの! 私も…… 」
連れて行って欲しいと言おうとしたけど、既に二人の指揮官の姿はない。 こんな時はいつも私は留守番ばかり…… レグルスもすぐに飛び立ってしまい、どうしていいか分からずにお屋敷の門から駆け出していく2部隊を見送ることしか出来なかった。
このエーリュシオンにおいて、軍は港エリアの警護が主な任務です。 住民同士の争いや、島のトラブルにはよほどの事がない限り関与することを禁じられていますが、住民達の生活基盤ができるまで、度を越さぬ程度で手伝いをしてあげるというのが旦那様の意向です。 シャロンもアグリオスも、新参のレグルスもそれを十分理解していて、それぞれが自分の立ち位置を考えながら行動しています。 所属する隊が違えば同じ軍でも知らぬ顔、連携などはあまりないというのが常識でしたが、旦那様の配下に限ってはそうではありません。 同じ釜の飯を食う仲…… 主不在でもお互いの短所を補って連携する様は見事です。 これもきっと、日々配下達とふれあってきた旦那様の努力の賜物なんですよね。
調査に出て行ったレグルスが戻ってきたのは夕方になってからだった。 戻ってきたのは航空隊のみで、特務隊と第二遠征隊の半数は現地で引き続き調査する為に今日は帰ってこないと言う。
「高度を極力下げて、山の北西から北西にかけてしらみつぶしに飛んでみましたが、空からでは異常は見当たりませんでした 」
レグルスはお屋敷のリビングにあるテーブルいっぱいに広げたエーリュシオンの地図を指差しながら説明してくれる。 この地図も旦那様が手間暇かけて作ってくれたものです。 あの時はその場にいた全員が目から鱗でした。
「特務隊はこの森からマリアの村へ。 第二遠征隊は現在山裾のこの辺りで野営中です。 特務隊と第二遠征隊には連絡要員として部下を二名ずつ配置。 何かあればすぐに飛んで来る筈です 」
「ご苦労様でした。 このペースなら明後日には北部一帯の調査が完了できそうですね 」
はい、と答えるレグルスは、エキドナ事件の時に空から私に情報をくれたあのハーピー族でした。 私達の危機をお姉さまに即座に伝えたとして、第五航空隊の指揮官に抜擢されたそうです。
「リーサ様、観測隊の不穏の気配とは一体…… 」
「さあ…… 不穏というからには良いことではないでしょうね。 お姉さまや旦那様ならピンとくるのかもしれませんけど 」
そうですか、とレグルスは神妙な顔になってしまった。
「それにしても旦那様、遅いなぁ…… 」
まもなく日が暮れてしまう。 すぐ戻ると言っても、相手がアフロディーテ様だからある程度遅くなるとは思っていたけど、ちょっと遅すぎる。 何かあったのかと不安に思っていると、突然リビングの真ん中に金色の魔法陣が描かれ始めた。 この転送ゲートは!
「ヤッホー、リーサちゃんいる? 」
「アルテミス様! 」
旦那様とお姉さまが不在で心細かったせいか、思わずアルテミス様に抱き付いてしまった。
「ちょっ! どうしたの? 」
「ふえぇ…… アルテミス様ぁ…… 」
クスっと笑い声が聞こえた後、フワッと包み込んでくるようにアルテミス様は抱きしめてくれた。
「ははぁ…… ペルちゃんもヒロユキもいなくて寂しかったんだ? よしよし 」
柑橘系の香水の香りが気分をすっきりさせてくれる。 私はそのままの姿勢でアルテミス様に事の成り行きを話した。
「あ、あぁ…… そのヒロユキなんだけどね 」
困った顔で言い淀むアルテミス様。 やっぱり旦那様に何かあったんじゃ……
「ヘラ様にお呼ばれされちゃってさ、そのままアフロディーテと一緒にパーティーに参加せざるを得ない状況になっちゃって。 しばらく戻れないかもってヒロユキから言伝…… 」
「えぇええぇええ! 」
思わず思いっきり叫んじゃった。 アルテミス様もレグルスも耳を塞いでしかめっ面をしている。
「ま、まあ一週間くらいすぐよ、すぐ。 リーサが心配するだろうからそれを伝えてくれって頼まれたの。 じゃ、私も戻らないといけないから…… 一応ヒロユキには伝えておくわ 」
アルテミス様は苦笑いですぐ転送ゲートに消えてしまったのでした。