あたしがいても、いなくても
「姉さんがそこまでする必要ないだろう」
今まで何も言わずに傍観していた弟が言った。
ただひとこと言った。
あたしはただ必死だっただけ。
どうにかしなきゃって必死だっただけ。
それなのに。
「そこまでするのは姉さんの分じゃない。
皆いい大人だ、自分で責任取る。
座れよ、動く必要ない。
あとはあいつらにやらせとけばいい」
4年振りに会った弟は大人になってた。
あたしなんかよりずっと。
あたしはずっときりきり舞い。
それなのに。
「あの人は、姉さんの親じゃない。
だから、座ってろ」
顎をしゃくって遺影を指して、金髪に喪服の弟は言った。
どうしたらいいかわからなくて、出てきそうな涙を飲み込んで、想定外に来た否定の言葉に想像以上の衝撃を受けて、あたしは立ち尽くす。
「ナオミちゃんはしっかりしてるから」、そう言われて今までやってきた。
それ以外どうしろって言うの。
弟は電子タバコを咥えてた。
あたしは記名帳を持ってひとりひとりに挨拶してた。
「ナオミちゃんはしっかりしてるから」
そうすることが当然と思ってた。
そこまでするのは姉さんの分じゃない。
じゃあ今までのあたしは一体なんだったの。
あたしの一番苦手な伯父さん、「お前は見た目はアレだが、なかなか気が利くな」って、胡坐かいた弟の片手酌を受けている。
精一杯望まれることをやってきた。
じゃあ今までのあたしは一体なんだったの。
「ナオミちゃんはしっかりしてるから」って言われて。
「そこまでするのは姉さんの分じゃない」て言われて。
あたし、ただのバカじゃない。
御棺に寄って顔の扉を開けた。
あたしの親じゃない人が入ってた。
じっと見てたら誰も声を掛けて来なかった。
大袈裟に泣く人も、香典総額を気にする人も。
誰も「ナオミちゃん、これどうしたらいい?」って訊かなかった。
記名帳を御棺の上に置いた。
顔の扉は開いたまま。
ふらりと部屋を出るときに、「どこ行くの」って弟がこっちを見ずに訊いた。
「コーヒー飲んでくる」
誰も引き留めなかった。
弟は鼻で笑った。
「いってらっしゃい」
いつの間にか外は夜になっていたらしい。
コンビニの光があたしを呼んでくれてるみたいで、蛾みたいにあたしは飛んでった。
100円のコーヒーが目に沁みて、イートインコーナーであたしは泣いた。
少しだけ泣いた。
なにが辛いのかも言葉にできないけど。
少しだけ泣いた。
少しだけ自分のことを考えて、少しだけ泣いた。