女王への謁見
ゼルガの森の北端に一夜にして出現した白亜の巨城は、数百年の年月を感じさせる威容だった。
主人の芸術的センスを物語る、絢爛豪華な装飾で溢れる内部の空間は贅沢に間取られ、巨人族の城かと錯覚するほどだ。
数百人単位でのダンスパーティでも開けそうな『謁見の間』は魔法の光を放つシャンデリアで照らされ、今が夜である事を忘れさせる。
『謁見の間』の数段高い貴賓スペースには、四人の――――いや、四体のモンスターの姿があった。
豪奢な黄金の玉座に座るは女王、シャルロット・ノーザ・ヴァンロード。
腰までかかる艶やかな黒髪、切れ長の眉、スッと通った鼻梁。
外見的には20〜30代の「絶世の美女」の肌は、白皙を通り越して死人の白さだった。
その病的な白さが、瞳と唇の“血の如き紅さ”を際立たせる。
彼女は真祖吸血鬼だった。
「夜を統べる者」「不死者の主人」と呼ばれるに相応しい威厳が、ただ座ってるだけの姿からも滲み出るようだ。
その傍らには三体の魔物が控えていた。
一人は全身甲冑に身を包んだ騎士。
曲線を描く胴鎧は、彼女が女性である事を示していた。
そこだけは剥き出しの頭部は、主人ほどではないものの充分に美しく、短く刈られた金髪は中性的な美を放っている。
そして、その“美しい頭部”は首の上には無く、小脇に抱えられていた。
『首なし騎士』だ。
その隣には、漆黒のローブの女。
緩くウェーブする茶髪のロングヘアの下はこちらも美形だが、そう見るには一つ条件が必要になる。
――――右側から見た時に限る。
女の左半身は半ば腐り、半ば白骨化していた。
『魔女』同様、魔術師の到達点の一つである人工不死者、『リッチ』だ。
最後の一人は、さらに異様だった。
それは「地面から浮き上がった影」。
コウモリの翼と羊の角を有した悪魔の如き姿には、厚みというものが無かった。
死した魔族の影から生まれるというアンデッド、『シャドウ』だ。
女王シャルロットは、不機嫌だった。
理由は簡単だ。
「この城、生者の気配がしねぇな。アンデッドしか居ねぇのか、辛気臭い」
森の全域に触れを出したのに。
「やれやれ。来客に茶の一つも出さないとは、随分としみったれた主人だねぇ」
来たのは四人だけ。
「凄く広いね〜。かくれんぼしたら面白そう」
しかも四人が四人とも。
「こんな所でかくれんぼなんかしたら、終わらないんじゃないか?」
“偉大な女王”への敬意に欠けているからだ。
「貴様ら、いい加減にしろ!」
デュラハンが、怒りに震える主人に代わって怒鳴り散らす。
並の人間なら気死しかねない程の『魔力のこもった殺気』を受けて、しかし四人の来訪者達に気圧された感は微塵もない。
「なんだぁ?城内の気配を探ったくらいでグダグダ言うなよ、ケチくせぇ。骨、食ってるか?」
人間態のギディアは焦げ茶色の革鎧に包まれた胸を張って口答える。
四肢は革帯を巻いただけで、裸足だ。
「アンデッドに茶を飲む習慣がないからといって、来客全てがアンデッドだという訳ではないんだから、茶ぐらい出しなさいな。失敬な」
真っ赤なローブと星の模様が入った同色のとんがり帽子のロザリンドが、呆れた様子で肩を箒で叩く。
「コーイチコーイチ、ナナミ悪い事したの?かくれんぼしちゃ駄目なのかな?」
黒装束を纏ったナナミは、浩一に問いかける。
本人としては小声で密かに聞いているつもりなのかも知れないが、周りにはダダ漏れだった。
「まぁ、勝手にやっちゃ迷惑だよな?後で頼んでみような」
ナナミをあやす浩一は、警備員の制服と制帽だ。パーカーとカーゴパンツは洗濯中だった。
「ふむ……つまり、この森の生きとし生けるものは全て、今日を最後に死に絶えたい……と。そういう事だな」
リッチが、右半身に残る眉をヒクつかせて確認する。
「ケヒヒヒ!コイツらは見せしめにするんだな?とりあえず手足を斬り落とせばいいか?」
シャドゥが、どこからどうやって発声するのか、奇怪な笑い声を上げた。
「こっちは暴力沙汰にならないような提案を持って来たんだけど……やっぱり聞く気はないかな?」
浩一の問いを、シャルロットは鼻で笑った。
「妾が出した案は『服従か、死か』じゃ。それ以外は何一つ認めぬわ」
取り付く島もない返答に、浩一は頭を掻く。
「じゃ、まぁ、仕方ない。みんな、なるべく殺さないようにね。倒してからもう一度説得してみるからさ」
シャルロットと側近達は、声を失った。
浩一の態度。
それは、シャルロット達を「簡単に倒せる」という確信を内包していた。
夜の女王が、その眷属が、組し易しと思われている!
「やれ!」
女王の号令よりも早く、三体の側近達は浩一達に襲い掛かった。