鏖殺
セルトロスの街は歓声に沸いた。
魔物達の支配から解き放たれた喜びに、あちこちで鬨の声が上がる。
「魔物どもの魔手から助けていただき、ありがとうございました」
領主デルガドは平伏し、指揮官に居館を明け渡した。
兵士達は住民達に持て囃され、上機嫌だ。
そんな様相を目の当たりにして、モーリスら『鷲の目』の面々は当惑した。
前回の戦いでセルトロスが移譲された時、住民の反応はどうだったか?
街の守備兵を根こそぎ率いて去っていった王国軍に対して「俺達を見捨てるのか!」と激していた民衆が、こうも手の平を返すものか?
思考するモーリスの全身に唐突に鳥肌が立った。
理屈ではない。
純粋な勘が、危険信号を発していた。
「逃げるぞ」
モーリスは一言呟くと街門目指して走り出した。
リーダーら他の面々も訳も分からず追従する。
「どうした?何を急いでるんだ?」
「ゆっくりしていけよ」
「武勇伝でも聞かせてくれ」
引き止めようと群がる住民達を押し退け、躱して走っている内に他のメンバーにも分かってきた。
住民達の反応がパターン化されている。
まるでそれ以外の言葉を知らないかのように、口々に同じような事ばかりを話すのだ。
同じ人間に何度も話し掛ければ、内容がループしている事に気付けただろう。
歓待され、持て囃され、持ち上げられている大半の王国軍に、その事実に気付くほどの注意力はなかった。
ほうほうの体で街の外に出たモーリス達は、草原にへたり込んだ。
と、
「ほぉ、見抜いた者がいたようですね」
「あら〜、私の術もまだまだね〜」
背後の景色から滲み出るように現れた、デュラハンとナーガ。
ルカミラとイシリスだ。
二人の魔物はモーリス達には目もくれず、セルトロスの街を眺める。
やがてデュラハンはその首を側仕えの死霊騎士に渡すと、弓を取った。
魔力で形成した矢をつがえ、セルトロス上空の天を狙う。
「篠突け!『ブラッドレイン』!」
ルカミラが矢を射ると、魔力の矢は空へと吸い込まれた。
その一点を発端に黒雲が生まれ、セルトロスを覆う。
それは、赤い雨に見えた。
無数の細かい矢が、まるで雨のごとくセルトロスに降る。
そして次の瞬間。
セルトロスの街は消失した。
何もない平原の真ん中に、ただ立ち尽くす王国軍。
全ては、イシリスの作り出した幻影だった。
自分達を褒め称える民衆が街ごと消え去り、何が起きたのか把握できない王国軍。
そこに、雨矢が襲い掛かった。
射撃は剣ほど得意ではないルカミラ。
しかも街一つを飲み込む規模の技となると、矢一本の殺傷力は大したことはない。
鎧兜を装備していれば、容易に防げたかも知れない。
だが、王国軍は幻の街に凱旋しており、民衆に顔を見せるために兜を脱いでいた。
小さな矢は貫通力もなく、小さな傷を与える程度だった。
が、その矢は誰あろうルカミラが放ったのだ。
瘴気毒は速やかに哀れな犠牲者を侵した。
偽りの街で勝利に酔っていた王国軍は全滅した。
厳密には『鷲の目』が生き残っているが、それを戦力と言うのは酷というものだった。
「ま、街一つを……丸ごと幻影で作る……だと?」
「あら〜、魔王たるもの、これくらいは朝飯前よ〜」
「見事なお手並みでした。私のブラッドレインはここまで広範囲に撃てば容易に防がれるのものですが、まさか幻の街を使って武装解除させるとは」
「ありがと〜ルカミラちゃん♫」
「さて、残るはーーーー」
デュラハンの一言に、ナーガの視線は唯一生き残った冒険者チームに向いた。
震え上がる『鷲の目』の面々に、イシリスは優しく話し掛ける。
「貴方達は〜、生かしておいてあ・げ・る♪」
「は?」
「お前達は王の前まで行って報告するがいい。“遠征軍はたった二人の敵を相手に全滅しました”とな」
「お帰りは、あちら〜」
イシリスが指し示した先には、王都に通じる街道があった。
『鷲の目』はイシリス達を見つめたまま、二人の姿が見えなくなるまで後ろ歩きで進んだ。
一旦視線を外したら、その瞬間に襲い掛かって来るように思えたからだ。
何事もなく街道に達すると、『鷲の目』はペースも考えず全速力で走った。
最寄りの街に辿り着いた彼等は、官吏に王への伝言を頼むと、すぐにその街を発った。
もう、王国とも浩一達にも関わりたくない。
彼等の意思は完全に統一されていた。
以後、冒険者チーム『鷲の目』の消息を知る者は、いない。




