守護天使
テントから外の様子を伺っていた天使セレスは度肝を抜かれていた。
融合悪魔の戦闘力は、天使達のそれを軽く上回っていた。
特にグレゴォル、ゼファルパス、フロウラスの三人は天使達が束になって掛かっても軽く粉砕してのける強者だった。
それを事も無げに倒すとは。
そして何よりーーーー
「みんなお疲れ」
ーーーー三人以外の全ての融合悪魔を倒した浩一の凄まじさに、セレスは感嘆していた。
蒸発して消える悪魔達を尻目に談笑する浩一達に、天使は駆け寄った。
「お願いします!私を貴方の守護天使にして下さい!」
突然足元にひれ伏してのセレスの懇願に、浩一は狼狽した。
とりあえず立ち上がらせて、事情を聞く。
「私は、何としてもクヴァルカンを倒したいのです」
二万を超える勢力であった光神スィグレイの軍は、しかしクヴァルカンによって壊滅の憂き目を見た。
セレスは生き残りとして、仲間の無念を晴らしたいと思ったのだ。
「そりゃ、こちらもクヴァルカンとやり合うつもりだけどさ。俺も巷じゃ魔王呼ばわりされてるような存在だぜ?」
「見たところギディア様には『戦神アルレイヤ』の、ロザリンド様には『智神ミルティース』の、シャルロット様には『冥神ファヘルデス』の加護が付いている様子。しかし浩一様には何の加護も見受けられません。私が浩一様の守護天使になることでスィグレイ様の加護をもたらす事が出来れば、微力ながらお役に立てるかと思うのです」
「簡単に言うとコーイチの尻馬に乗りたいってこったろ?」
「浩一に憑いておれば勝利の感覚に浸れそう、という事か。天使共も存外狡いの」
「そうハッキリ言ってやりなさんな。タダで貰えるっていうなら貰っておいて損は無い代物だよ」
浩一はギディア達の軽口には耳を貸さず、セレスに向き合った。
「俺は聖人君子じゃない。時としてアンタの神様のお気に召さない行動をするかも知れんぜ」
「場合によっては私の口から助言をする事もあるかも知れませんが、神の御心に沿わなかったからといってペナルティが課されることはありません。あまりにも常軌を逸した凶行に走られたら加護が無くなる事もありますが……これは私の勘ですが、貴方はそんな事をする人ではないと思うのです」
初対面の相手に真摯な目で「貴方は悪い人じゃない」と断言される気恥ずかしさに、浩一は頭を掻く。
「買いかぶりだと思うがね。まぁ、よろしく頼む」
「はい!」
「フォトン・メイク!」
セレスが背中の羽を広げると、光の粒子が羽根の間から零れ落ち、雪原に光の魔法陣を描き出した。
ロザリンドは興味深げに陣を観察する。
「当たり前だけど、今までに見た事もない形の魔法陣だね」
懐から取り出した羊皮紙に、素早く書き写す。
続いてセレスは呪文を唱え出した。
これもロザリンドは耳をそば立てて聞き入り、復唱する。
「そんな物、覚えた所で天使でもないお前に使えるとは思えんがの」
「アタシゃ、“使えるかどうか”で手に入れる知識を選り好みしたりゃしないのさ」
復唱を続けながらも、うなじの口でシャルロットに答えるロザリンド。
記憶と会話を完全に並行させる魔女の才覚を前に、さすがの魔姫も肩をすくめるのみだ。
呪文が終わると魔法陣が光り出した。
地面から噴き上がるオーロラに浩一が感嘆していると、天使はおもむろに浩一の首を掻き抱きーーーー
ーーーー唇を重ねた。
「なぁっ!?」
「おぉっ!?」
「むぅっ!?」
「まぁっ!?」
四者四様の声を上げて驚く面々を尻目に、セレスは念入りに浩一の唇を舐め回す。
浩一は、唇を通してセレスと繋がるような、奇妙な一体感を感じていた。
「浩一様は、異世界からいらっしゃったんですね」
セレスは唇を離すと開口一番、指摘した。
守護天使として契約を結ぶ事で、浩一の情報を得たらしい。
「なんか不都合でもあるかい?」
浩一の問いに、天使はかぶりを振る。
「いえ、何も。今後ともよろしくお願いします」
深々とお辞儀するセレスを押し退けて、浩一に殺到したのはギディアとシャルロットだった。
「ずりぃぞコーイチ!俺には何もしない癖に!」
「これはもう今宵こそは夜伽してもらわなければの」
「いや待て、これは儀式的必要に駆られての事でだな……」
二人の剣幕にタジタジの浩一を、意地悪な笑みを浮かべてロザリンドが眺める。
「じゃあ今夜は、テントは二つ拵えるとしようかね」
「あ、ロザリーてめぇ!」
「食事は……精のつく物に……しますね」
「ハクガまで……」
敵の勢力圏内でも和気藹々、ペースの乱れない浩一達であった。




