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完全無能力者の異世界転送  作者: ウェステール
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剣士ギディア

「ウオオオオオォォォォッ!」


怒号と共に振り下ろされる斧槍の刃を、ギディアは大剣で鈍角に受けて軌道を逸らした。

さすがに真正面から受け止めるには肉体的ハンデがあり過ぎる。

そのまま走り、巨人の股座を抜けーーーーる前に巨大な足が迫る。


「ぅおっとっと!」


危ういところでグレゴォルの蹴りを躱したギディアは、跳び退がって間合いを取った。


グレゴォルは巨体に似合わず素早かった。

一般的な「力任せに振り回すだけ」の巨人と違い、戦士としての技量もある。

より小さい敵と戦う事に慣れた隙の少ない攻撃は、ギディアにとって厄介この上ないものだった。


「臆せず向かってきた勇気“だけ”は褒めてやるぞチビ!だが貴様では俺様に勝てる見込みなど微塵も無いぞ!」


油断なく構えながら、巨人が笑う。

圧倒的に有利な状況でも手を抜いたりはしない。

言動の豪快さとは一味違う慎重っぷりにギディアは舌を巻く。


だが。


ギディアもまた、笑っていた。

人間態になっても二メートルを超えていた彼女には、「チビ」と呼ばれる事は新鮮な感覚だった。

戦士として磨いてきた力量を思う存分ぶつけられそうな強敵だというのもまた、彼女を嬉しがらせる。


「良いねぇ。お前、良いわ。これなら俺が本気になる価値があるってもんだぜ!」


ギディアは左手薬指の指輪を外すと、その本性たるトロルの姿を現した。


「何だと!?」


グレゴォルが驚愕に押され、一歩退がる。

人間がトロルに変じた事もそうだが、彼にはギディアが持っていた大剣が持ち主の変化に応じて巨大化した事に何より驚いていた。




元々、アダマンタイトの岩塊から作り上げたギディアの剣は、トロル態に合わせた巨剣だった。

それを人間態の時でも使えるようにと、オリアナが得意とする時空魔術で質量の大半を異次元に送り、指輪の『人間化』の魔法の起動状況に応じて引き出せるようにしたのは、ロザリンドの魔力付与(エンチャント)技術の賜物だった。


質量賃借剣(シンクロン・ソード)


浩一のアイデアでギディア専用に作られたこの剣は、彼女の相棒であり、宝物であり、愛の象徴だった。




巨人同士のド迫力の剣戟は、長くは続かなかった。

トロルに戻ったギディアを以ってしてもなお、両者には体格差があった。

ではギディアが劣勢なのか?


否。


その差を埋めて余りあるほどに、二人には戦士としての実力に差があった。

グレゴォルはその素体のジャイアントの頃から、自身と互角以上に戦えるライバルといえる者が居なかった。

そしてギディアには、ルカミラという高い壁が今なお居続けている。

師匠兼ライバルの存在はギディアの剣技を加速度的に引き上げ、その技量はかつてルカミラが所属していた騎士団の団長をも凌ぐ程に達していた。


「ば、バカな!この俺様が、ジャイアントと融合した俺様が押し負けるなど、有り得るか!」

「未熟もんが。力任せで何でも通せると思うなよ」


勝ち誇るギディア。

その台詞は以前、鍛錬の際にルカミラに言われたものだという事を思い出し、顔をしかめる。


ギディアの剣がグレゴォルの斧槍を弾き飛ばした。

大上段に剣を構えるトロルを前に、巨人は両腕を交差させて頭上に掲げる。

その皮膚の色が黒光りするのを、ギディアは見た。

悪魔グレゴォルの能力『生体装甲外骨格』だ。

全身を鎧うオリハルコンの装甲と合わせて、なんとかギディアの剣撃を受け止めようと発動させたのだ。

理論上はアダマンタイトに匹敵する硬度に達した五体をもって、トロルの剣を奪う。

肉弾戦になれば勝機は見える。

グレゴォルの目が光った。



大上段に構えた事で、ギディアはルカミラとの修練を思い出していた。


「鉄の剣で鉄の兜を斬る?」


お安い御用と、ギディアは台に置かれた兜を大上段に構えた態勢から斬った。

バギャッ!

兜はひしゃげ、二つになった。

誇らしげに胸を張るギディアに、ルカミラは溜息で答えた。


「力任せで何でも押し通そうとするな、未熟者。こんなのは斬った内に入らんぞ」


ルカミラは同様に置かれた兜に、普及品の剣を振るった。

シュカッ!

デュラハンの無造作な片手の一振りは、ほとんど音も立てなかった。

剣が突き立てられた台の上で、斬られる前と変わらぬ姿の兜が、数瞬の後に思い出したかのように真っ二つになる。


「体力バカのお前は素振りの回数を増やしたところで意味はないぞ。頭を使え。剣と通じ合え。それが成れば、あるいは……」


目の前の悪魔は、既に眼中になかった。

腕を交差させて構える敵は、鉄の兜に変わっていた。

現実には一瞬だったろう。

だがギディアは集中し、集中し、集中した。

遥かな集中の末、ギディアと剣は境界を失いーーーー



ーーーー一振りの剣になった。



斬る、という思考すらなかった。

無の境地。

ただただ無心に、上げていた腕を下ろした。

シュザッ!

雪の大地を剣が斬り裂く。

驚愕の相を貼り付けたままのグレゴォルが左右に分かれて倒れたのは、副産物に過ぎなかった。

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