冒険者ギルド
「お名前は……コーイチ・エンドーさん?ですね」
受付嬢は、申請書類に書かれた奇妙な名前に首を捻りながらも、業務用のスマイルは欠かさなかった。
セルトロスの冒険者ギルドは、ちょっとした喧騒に包まれていた。
魔女とゴブリン。
二人のモンスターに連れられた、なんとも冴えない感じの中年男が、冒険者としての登録を願い出たからだ。
他の街と比べて、“モンスター”とされる存在との交流があるセルトロスでは、人種による差別は少ない。
が、「モンスターばかりで人間の仲間のいない冒険者」というのは異例だ。
また、普通は冒険者として登録を行うのは十代の若者だ。
登録してから年月を経て中年になる冒険者は居ても、“中年になってから登録する”という者は、そういない。
「見るからに強そうなマッチョ」という訳でも「深い知性を感じさせる顔立ち」という訳でもない。
そこらの通行人を連れて来たかのような、“普通のオッサン”なのだから異例極まりない。
書類にサインをしたのはロザリンドだ。
浩一は「この世界の読み書き」が出来なかった。
会話は問題ない。
相手の使っている言語は聞いたこともない奇妙な言語だが、何故だか耳に「同時通訳機能」が備わっているかの様に、浩一は相手の言っている事が理解出来るし、相手も浩一の日本語を理解していた。
(神様だか誰だか知らんが、有難い事だ)
浩一は素直にこの「異世界転送の特典」を享受することにしていた。
だが会話は出来ても、読み書きには『自動通訳』は付かなかった。
いまいち詰めの甘い「神様だか誰だか」に心の中で愚痴りつつもロザリンドからレクチャーは受けてみたが、元より大して賢い訳でもない浩一の知能では理解は遠かった。
「はい、結構です。これでコーイチ・エンドーさんは『5級冒険者』として登録されました。この場で何か依頼を受けますか?」
受付嬢がカウンターの上に羊皮紙を並べる。
内容は分からないが、恐らくは初心者向けのクエストなのだろう。
真ん中に大きく描かれた絵を見るに、ネズミやコウモリの駆除でもするのだろうか?
それらをまとめて払い退けるロザリンド。
「我等の最初のクエストはもう決まっておる。『ミスラルの遺跡』の探索じゃ」
ギルド内をどよめきが走り……次いで、爆笑が巻き起こった。
「『ミスラルの遺跡』だって?こんな戦力にもならなそうな面子引き連れて、自殺にでも行くのか?」
「戦力どころか足手まといだろうよ」
『ミスラルの遺跡』とは、セルトロスの街から南に3日ほど歩いた場所にある地下遺跡だ。
財宝の存在が確実視されているにも関わらず、誰一人探索に向かわないのは、そこに在る“番人”の為だ。
――――ミスリルゴーレム。
魔力を内包する希少金属『ミスリル銀』で作られた人工生命体は、魔法に対する高い耐性を有する上に、その硬度は鋼を超える。
つまり魔法使いにとっても戦士にとっても厄介この上ない敵なのだ。
しかも、門番たる一体をなんとか倒して内部に入った冒険者の証言では、内部には多数のバリエーション豊かなゴーレム達が徘徊しているらしいのだ。
ゴーレム達が決して遺跡から出ては来ない事から、ギルドはこの遺跡を「踏破不要」と判断して立ち入り禁止としたが、毎年何組かの「身の程知らず達」が挑戦してはボロボロになって帰って来るという。
三人は揶揄嘲笑に押されるかの様にしてギルドを出た。