路地裏にて
――――その頃、ギディア達は……
「このデカ女、舐めやがって!囲め囲め!」
「はっ!一人相手に群れなきゃ勝てないのかよ。なっさけねぇなぁ!」
「ンだとこのアマァ!」
裏路地で喧嘩の真っ最中だった。
五分前――――
「ねぇねぇギディア、こんなトコに食べ物屋さんあるの?」
ギディアが先頭に立って進むのに任せていたナナミとハクガだったが、飲食店がありそうな大通りを無視して裏路地ばかりを突き進むチョイスに疑問を抱いていた。
「テキトー歩いてりゃ、何かしらあるだろ。『隠れ家的な名店』みたいなのがさ」
「ギディアさん……目が……お店を探す目じゃ……ないです」
ハクガの指摘の通り、ギディアの眼は狩猟者のソレだった。
見るからにガラの悪そうな五人の男が通りを塞ぐように屯してるのを見付けると、舌舐めずりをして近付く。
ギディアの眼に「暴れたい」と書かれているのを見た気がして、ナナミに止めてもらおうと振り向いたハクガが目の当たりにしたのは、影に潜んでいくナナミの姿だった。
「あの……ナナミさん?危なくなったら……止めるんじゃ……」
「大丈夫!こんなの危ないうちに入らないから♪」
「じゃあ影に潜るの、止めてもらっていいですか!」
ハクガが普段の喋り方を忘れるほどに焦ってナナミと口論するのを尻目に、ギディアはチンピラ達に向かっていく。
「おい、ここを通りたきゃ、通行料を……払……ぇ……」
カツアゲを図るチンピラが急速にトーンダウンするのも無理はない。
人間態になっても、ギディアの身長は二メートルを超える。
女であっても、いや女だからこそ、二メートルを超えるマッチョが現れれば、怖気付くのも仕方なかった。
「おぅ、ここを“通ってやる”からよぉ、通行料出しな」
完全にからかいに来てると分かる態度と台詞だった。
このまま舐められっぱなしでは面子が立たない、と判断したチンピラ達は、ギディアを取り囲む。
このところ、ギディアはイラついていた。
剣技の訓練ではルカミラに迫って来ていたと思ったら、手を抜かれていただけ(といっても最近は手抜きの分量が減りつつあったが)だと判明したり、浩一の嫁を自称する者が増えたりと、思うようにいかない事が多かった。
単純に、憂さ晴らしがしたかったのだ。
かくして、冒頭のシーンに繋がる。
チンピラ達はメリケンサックを手に手に、ギディアを囲む。
ギディアは勿論素手だ。
中指一本で手招きならぬ指招きをするギディアに、五人の男達は殺到した。
殴る。
殴る殴る。
殴る殴る殴る。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
チンピラたちは殴り、殴り続けた。
防御姿勢も取らない、棒立ちのギディアを。
渾身の力で、全力で。
全く効いていなかった。
顔面にメリケンサックを叩き込まれてなお笑みを浮かべるギディアを目の当たりにして、チンピラたちの闘志は急速に萎えた。
後は喧嘩というよりは一方的な暴行だった。
人間態であっても、ギディアはトロルだ。
本来の状態より弱まっているものの、再生能力もある。
もし仮にチンピラ達が完全武装していたとしても、結果は変わらなかっただろう。
「お前達、何をしている!?」
完全武装の兵士二人が喧嘩を見かけ、怒声を上げる。
衛兵だ。
が、二人はギディアに詰め寄る前に、糸が切れた人形よろしく地面に崩れ落ちた。
その傍らの影から、ナナミが姿を現わす。
麻痺毒か何かを打ち込んだらしい。
「今のうちだよ〜」
「あ〜!スカッとしたぜぇ」
「ナナミさん……『危なくなった止める』って……ギディアさんの事じゃ……なかったんですね」
「アハハハハ♪ナナミがギディアを止められるわけないじゃん」
「いやぁ、運動したら本格的に腹減ってきたな。今度こそメシにしようぜ!」
「お〜!」
「お……お〜……」
ギディアとナナミは地面でのたうつチンピラと衛兵には目もくれず、ハクガだけは立ち去り間際に深々と一礼して、路地裏を後にした。




