要塞都市セルトロス
ゼルガの森を出て、南西に馬車で一週間ほど。
アルカーノ王国の辺境都市である『要塞都市セルトロス』は、「ゼルガの森からの、人類圏内への魔物の侵攻」を監視/防衛する要衝であると同時に、交渉可能な森の住人達との交易の場でもある。
その市壁は分厚く、高く。一切の外敵の侵攻を許さないという人類の偏執的な狂気すら感じさせる。
「はぇ~……こらスゲェなぁ……」
その重厚な外壁を前に、浩一は感嘆の溜息を吐いた。
彼の(いささか偏った)知識の中では、元の世界にもこれほど高く厚い壁はない。
「さ、入るよ」
呆けたように壁を見上げる浩一とその同行者に、ロザリンドが声を掛けた。
彼女の今日の装いは、墨色のフード付きローブに、捻じくれた木の杖。
いかにも「魔法使いでござい」という風な出で立ちだ。
「そんなにフードを目深に被って……陽の光が苦手なのか?」
顔も見えないほど深くフードを被るロザリンドに、浩一から素朴な疑問が飛ぶ。
「そうそう、陽を浴びると灰になってギャアアア……ってなるか!だから、外見が小娘だと舐められるんだって言ったろ」
ノリツッコミはするものの、ロザリンドの口調はフードの中で渋面を作っているであろうことが容易く想起できるものだった。
この世界の『魔女』は二種類に分かれる。
『魔女化の魔法』によって自ら魔女になった者と、そうして生まれた魔女の子孫に「魔女としての力」が遺伝し発現した者だ。
ロザリンドは前者だった。
幼少の頃から魔術に通じ、若くして天才の名をほしいままにしていた彼女は、並の魔法使いなら老境に差し掛かるまで研鑽を積まなくては習得できない『魔女化の魔法』を、十代で完成させた。
完成させてしまった。
魔法によって魔女となった者には、“老化”という概念が存在しない。
その外見は、基本的に「魔女になったその瞬間」で固定される。
多くの魔女が老婆の姿をしているのは、その為だ。
外見が若い魔女は普通、「遺伝覚醒で魔女になっただけの、ただの小娘」と世間には思われるのだ。
「『外見を婆さんにする魔法』ってのは、ないのか?」
「需要がないものを誰が開発しようと思う?目下、研究中だよ」
肩をすくめるロザリンドに、浩一の腰の辺りから声が掛けられた。
「ロザリー可愛いのに、隠しちゃうのは勿体ないね」
ある事情から、浩一に同行することになったメスの子ゴブリンだ。
名をナナミという。
人間の女性を襲って産ませた半小鬼の中でも特に人間寄りに遺伝を受け継いでおり、他のゴブリン達より顔立ちも人間に近く、知能も高い。
人間の街に行くということで森の泉で身を清め、(彼等の中では比較的)真っ当な仕立ての服を着たナナミは、肌の色や尖り耳さえなければ人間と大差なかった。
ナナミの指摘を受けて、ロザリンドは目に見えて狼狽した。
フードの下の顔は、赤く染まっていただろう。
ナナミの中に「お世辞」や「社交辞令」といった“知恵”はない。
実際、ロザリンドは相当な美少女だった。
ただし、その美しさは「純朴な村娘のような」といった形容が似合う、いわゆる『可愛さ』であり、知性をアピールできるような種のものではなかった。
「アタシゃもう少し不細工でも『らしさ』が欲しかったよ。さ、行くよ」
ロザリンドは強引に話を締めくくると、二人を押して街の門へと歩を進めた。
イメージCV
ナナミ:日高里菜