帰還の時
東の魔王領は守られた。
イシリスは魔神ダルガストの存在を公表、魔将達は魔神に操られていた事にした。
ただし、魔将達はギリギリで理性を取り戻して魔神に対抗、討ち死にしたというシナリオになった。
魔将達の身内に配慮しての事だ。
完全な裏切り者として処分してしまうと、彼等の家族や部下の不満や不信を助長するかも知れないと聞き、浩一はそんなものかと頷いた。
そして森への帰路。
馬車は二台になっていた。
“東の魔王”イシリスはその座を浩一に譲り、その配下になると宣言したのだ。
晴天の霹靂に唖然とする浩一を置き去りにして、イシリスは我が子と共にゼルガ共和国に居を移すとした。
領民達も困惑したが、浩一が魔神を討ち取った張本人と知ると、強い者を好む傾向にある者達を中心に浩一を受け入れるようになった。
今後の東の魔王領については今まで通りの体制を維持するとした事も影響しているかも知れない。
「シャロちゃんのトコなら、安心して子育て出来そうだわ〜♪」
何故かイシリスの馬車に同乗する事になった浩一に、母親ナーガは嬉しそうに語った。
他に馬車に乗っているのは、イシリスの腕の中で眠る娘ナハトルと、セ・バスだ。
「いきなり全ての権利を移譲ってのは、思い切ったもんだな」
「あら、じゃあ『貴方を新たな伴侶にする』って言った方が良かったかしら〜♪」
「……領民のヘイトを俺に集めるのは止めてくれ」
領民達のイシリスへの忠誠心は篤かった。
その慈愛と包容力で“皆の母親”的な敬愛を集めていたイシリスが浩一の配下に降ると聞いて、浩一に殺意を向けた者も少なくない。
それが結婚となったら、寝取られたように思う領民が出て来たかも知れない。
「でもぉ〜、貴方の事ぉ、良いな〜とは思ってるのよ〜」
「“自称嫁さん”は二人もいれば充分だよ」
からかっているのか本気なのか分からないイシリスの妖艶な流し目に、浩一はドギマギする。
身を乗り出し、今にも浩一を押し倒しそうな勢いのイシリスを、セ・バスの咳払いが阻んだ。
イシリスの標的がセ・バスに移る。
「セ・バスもしっかり浩一さんに仕えるのよ〜」
「いえ、僕はイシリス様の執事で……」
「浩一さんは私のご主人様よ〜?主人の主人なら、浩一さんも貴方の主人でしょ〜?」
「そ、それは……」
口ごもるセ・バスの肩を掴み、浩一に見せつけるイシリス。
「この娘は〜、夜伽の添い寝にはもってこいよ〜♪」
言いながらセ・バスの首筋に指を這わせるイシリスに、執事は跳び上がった。
瞬間、男装の美少女はモコモコの綿毛に包まれる。
側頭部にチラリと見える巻き角から察するに、セ・バスは羊の獣人らしい。
「獣人だったのか。顔は変わらないんだな」
「僕は獣化が不完全な出来損ないで、一族から白眼視されてたんです。それをイシリス様に拾っていただいて……」
「こんなにモフモフで可愛いのに、見る目がないわよね〜♪」
「至る所に差別や偏見があるのは、どこの世界も変わらんのかねぇ」
「……それを変えられるかどうかは、貴方次第なんじゃないかしら?」
唐突に真面目な口調で諭され、イシリスを見つめ直す浩一。
だが、そこにはニコニコと笑みを絶やさない、ユルユルな“元”魔王しか居なかった。
溜息をついて、流れる景色を眺める浩一。
「しかしまぁ、なんだ。『セ・バスちゃんは羊の執事』とか、オヤジギャグかよってんだよなぁ」
誰にともなく呟いた一言に、応えてくれる者は居なかった。




