魔王イシリス
岬の断崖に建てられた東の魔王の城『シーサーペント城』は、尖塔が重なり合うような縦長の造形が周囲の景観にマッチして、一幅の絵画の様に見えた。
道中、魔王の配下に襲われるかと身構えていたーーーーのはハクガだけで、他の面々は緊張感の欠片もなくズカズカと魔王の領内を闊歩した。
顔を知られているらしく、領内のモンスター達から「シャルロット様」「オリアナ様」と声を掛けられる二人はともかく、浩一とナナミの余裕っぷりは異常と言えるかも知れない。
城の前まで来ると、領内の者達から報告を受けたのであろう出迎えの集団が待ち受けていた。
先頭の人物は白銀短髪の凛々しい美少年ーーーーに見えて、その実タキシードに包まれた肢体から性別は女性だと分かるーーーーは、シャルロットを認めると恭しく一礼した。
「ようこそ、シャルロット・ノーザ・ヴァンロード様。事前にお越しの旨をお伝え頂ければ、より相応しい歓迎の用意が出来たのですが……急なお越し故、満足なおもてなしが出来ない不才をお許し下さい」
「うむ、苦しゅうないぞ。そも、気紛れに立ち寄っただけだからの」
「オリアナ様もお変わりなく」
「リッチですからね。変わる時は滅ぶ時よ」
顔見知りに挨拶を済ませた少女は、浩一達に向き直る。
「シャルロット様、こちらは?」
「妾の大事なお方、浩一殿じゃ。後はゴブリンのナナミと、獣人のハクガ。共に浩一の召使い、じゃな」
「初めまして、浩一様。僕はこの地を統べる“東の魔王”イシリス・エスタ・シュトロード様にお仕えする執事、セ・バスと申します。皆様のお世話をするよう任じられましたので、ご要望がございましたらなんなりとお命じ下さい」
先頭に立って一行を案内するセ・バスの背中を眺めつつ、浩一はポツリと呟いた。
「愛称をつければ『セ・バスちゃん』か、なるほど」
当然ながら、その意味を理解出来るものはいなかった。
「あら〜シャロちゃん、お久しぶりね〜。元気そうで何よりだわ〜」
背もたれと肘掛けだけの玉座に巻き付くようにとぐろを巻いた蛇女は、ノンビリとした口調でシャルロットとの再会を喜んだ。
イシリスの第一印象は「ユルい」だった。
ピンク色のウェービーなロングヘア。一部鱗がある事も差し引いても充分以上に美しい、朗らかな笑みの絶えない顔。
若干だがだらしない、ゆえに異常に肉感的な身体。
体表の半分近くを鱗が覆っているからか、服装は半裸といっていい露出度だ。
下半身が蛇でなかったら玉砕覚悟で口説きたいほどの美熟女が『東の魔王』だとは、浩一には信じられなかった。
上半身で「たゆんたゆん」と揺れる二つのスイカに視線が吸い寄せられる同行者に、シャルロットがわざとらしい咳払いで警告する。
「そういえば転移城が起動したんですって〜?何もない氷結の大地には飽きたのかしら〜?」
「それにはちと事情があっての。それより今日ここに来たのは、お主に真意を問いたい事があるからよ」
「あら〜、何かしら〜?」
シャルロットがハクガら獣人族に起きた事を説明する。
話が進むにつれ、ニコニコと笑っていたイシリスの表情から、徐々に笑みが消えていった。
笑みが完全に無くなると、今度は目が座り始める。
溢れ出る鬼気が気温に影響を与えたのか、ハクガとナナミが震えだす。
握り締めた肘掛けが悲鳴を上げ、次いで砕け散った。
先程までそこに確かに居た「気の良いおばさん」は、既に姿を消していた。
“東の魔王”イシリス・エスタ・シュトロードは、紛れもなく『魔王』なのだと、その威圧感が物語っていた。




