終戦処理
要塞都市セルトロス。
領主の屋敷で戦果の報告を待っていた王族の前に現れたのは、ボロボロのローブに火傷だらけの身体を包んだ、軍師リュートだった。
平伏し、ブルブルと震えるリュートに、王は恐る恐る声を掛ける。
「軍師リュートよ、何があったのだ?我が軍は勝ったのであろう?」
目の前のボロ雑巾のような軍師を見れば察せられそうなものだが、王は現実を見ることを拒否していた。
リュートは、ゆっくりと口を開く。
「我が軍は……壊滅しました。……聖騎士アーヴァイン、勇者ロイシュ共に……討ち死に。……生き残りは……おりません」
「生き残りなら、そなたが居るではないか?」
王が問うと、軍師は乾いた笑いを浮かべて懐剣を取り出した。
周囲が止める暇もなく、己の首筋を掻っ切る。
血は、出なかった。
「生き残りは、いません。僕はこの報告を終えたら、ただの死体に戻してもらえる約束です」
「な、なんという……」
絶句する周囲をよそに、リュートは言葉を続けた。
「この情報はすぐに周辺諸国に流れましょう。陛下におかれましては、早急に王都に帰還し、ヴォーダン砦の防衛に力を入れるべきです。この機に乗じて帝国が仕掛けてくるのは自明の理」
直轄軍の大半と、何より勇者を失ったと知られれば、帝国が勢いづくのは確実だ。
蒼白になる王と王妃に、リュートは畳み掛けた。
「森の魔物達とは、この都市を譲り渡してでも和議を結ぶべきでしょう。駐留軍をヴォーダンや王都の護りに回せば、魔物達はこの都市の守りに兵力を割かねばならなくなります」
頷きかけた周囲はふと、不安に駆られた。
目の前の軍師は敵によってアンデッドにされた。
つまり、真祖吸血鬼に操られているようなものだ。
その軍師の献じた策とは、つまり……
「そう、この提案は『転移城』の女王のものです。しかしながら、半分は僕の本心でもあります。拠点が増えれば兵力は集中出来ず、兵力が集中出来なければ防衛は難しくなる。未来の反転攻勢の為に、奴等に負担を強いるのは上策です」
言い終えると、リュートは崩折れた。
典医が駆け寄って脈を取り、首を振る。
栄達を阻まれ、伝言板に使われ、失意のままに死んでいった軍師の死に顔は、絶望によって表情を奪われていた。
リュートの献策を検討する余裕は、王国上層部にはなかった。
彼等はデルガドとグスタフを解放すると二人に浩一達との交渉役を押し付け、自らは駐留軍を率いて一目散に王都へと逃げ帰った。
デルガドは駐留軍を王族に“奪われた”事を市民に報告し、森の魔物達に対して無条件降伏する旨を伝えた。
市民達には『冒険者としての浩一達』の活躍が知れ渡っていた事、街に留まっていた王族達と王直轄軍の兵士達の横暴に手を焼いていた事などがあり、混乱は少なくーーーーむしろ喝采で浩一達を迎える者さえいたーーーー極めて平和裡に併合は実施された。
かくして、ゼルガの森の魔物達は要塞都市セルトロスを無血吸収し、独立国家『ゼルガ共和国』の建国を宣言した。




