勇者の侵攻
要塞都市セルトロスに激震が走ったのは、浩一の叙勲拒否騒動から半年が過ぎてからだった。
「お断りします」
眼前の王と王妃に対して拒絶の意を示すデルガドの眼には、覚悟を決めた男の決意の光が宿っていた。
予想外の返答に、王と王妃は凍りつき、取り巻き達は慌てふためく。
ここは要塞都市セルトロスの領主の館の会議室。
五千の兵を引き連れてセルトロスに駐留した国王の直轄軍は、ゼルガの森制圧にあたってセルトロスの駐留兵力の提供を要求した。
そして、デルガドは国王の命を拒絶したのだ。
「セルトロスの軍とは、『ゼルガの森からの侵攻』に対する防御の兵力です。防衛以外の目的で軍を動かす訳にはいきません。そもそも、ゼルガの森を武力侵攻するというのが無茶な話で、面子を潰されたなどという理由で兵の命を危険にさらすなど言語道断です」
以前『転移城』の件で勇者の派遣を要請した際に袖にされた恨みもあるが、デルガドの“言い訳”は真実だった。
デルガドの現在の地位は本人の武力ではなく、軍略家としての才ゆえだった。
だが、それはあくまでも籠城戦や撤退戦など“守勢に回った際”の才能であって、攻勢の方は全くの凡才だった。
また、駐留軍の兵達の中には浩一達への敵意を持てない者も多い。
これは浩一達が『森の者達』をアピールするためにギルドの依頼を受けまくった時に起こった『大侵攻事件』による。
ダークエルフが、麻薬で強化した魔物の群れを率いて押し寄せたのだ。
セルトロス駐留軍を超える圧倒的規模の大軍を、浩一達は「ほぼ七人」で殲滅したのだ。
兵達は浩一達の桁外れの戦闘力を畏れ、またセルトロスの為に骨身を削ってくれたという恩義も感じた。
そんな大恩ある者達を自分達の都合で攻め立てようという王族に、駐留軍の兵達が素直に従うとは思えなかった。
デルガドの、己の首を賭けての抵抗は、意外な形で受け入れられた。
「いいじゃないですか。やる気のない雑魚なんて、何山あったって役には立ちませんよ」
宮廷魔術師兼軍師にして、王国が誇る勇者ロイシュ・バーンの弟子リュート・サナルだ。
ロイシュと共に様々な敵を打ち倒し、寡兵を率いてモンスターの大群を殲滅した武勲を持つ若き魔術師は、魔術師としてよりも軍師として王の傍に侍る事を許されていた。
「ゼルガの森の勢力がどの程度かは知りませんが、僕の必殺の布陣さえ成れば、モンスターの群れなど恐るるに足りません」
ロイシュとリュートは、浩一の叙勲の際には隣国『エルダート帝国』の武力侵攻に対応するために国境に出向いていた。
「その時自分達がその場にいれば、そいつらの好きにはさせなかったのに」という思いが、リュートを好戦的にさせていた。
「兵の士気は周りに伝染する事もあります。戦う気のない者を無理に駆り立てては統率の障害になる恐れもあるかと」
リュートの師であるロイシュも、リュートの意見に賛成する。
ロイシュは齢六十を超える老境の勇者だ。
オリハルコン製の武具に身を包み、まるで重さというものが存在しないかのような跳躍で変幻自在の攻撃を繰り出す事から『天空の勇者』の二つ名を与えられている。
『西の魔王』を倒した後は若くして隠居生活を送っていたが、数年前にリュートを弟子にして以降は活動を再開。
転移城の一件の際も自ら赴く事を王に進言していたが、保身を第一に考える王族から引き止められたせいで森には行けないでいた。
勇者とその弟子にこうまで言われては、無理な編入も出来ない。
王と王妃はセルトロスの戦力を諦め、五千の兵での侵攻を決定した。
「デルガドは、とりあえず牢に入れておけ。ゼルガの森を掃討して戻った後に沙汰を下してくれる」
王妃の命で投獄される際も、デルガドは普段からは考えられないほど堂々と、胸を張って連行されていった。
「お断りします」
デルガドと寸分違わない文言で王族の要請を断ったのは、冒険者ギルドのギルド長グスタフだ。
ギルドの冒険者を国軍の兵力として供せよという命令に、敢然と立ち向かったのだ。
「冒険者とは独立不覊の存在です。国の大事だからとて、彼らを徴兵しようという暴挙に加担する訳にはいきません」
グスタフもまた、デルガドと同じく牢獄に囚われた。
だが、彼等二人の勇気ある行動によって、セルトロスの兵士と冒険者達は命を拾う事となった。