決裂
王城『アークパレス』の謁見の間は、メルゼルブルク城ほどではないが充分に豪奢だった。
煌びやかな装飾の中に居並ぶ、煌びやかな装いの貴族達。
ただし、貴族達の視線はどれも冷たい。
制服/制帽の浩一、平服に革サンダルのギディア、深緑のローブにとんがり帽子のロザリンドと黒装束のナナミでは、絢爛豪華に着飾った貴族達と比べると場違い甚だしい。
「なんでこんな奴が」という疑念が透けて見え、嫌が応にも浩一に居心地の悪さを感じさせる。
「……ここで暴れたら気持ち良さそうだな」
「そういう物騒な話は、頭の中で考えるだけにしときな」
やはり場違い故の不快感を感じて小声で囁くギディアを、ロザリンドがこちらも小声で嗜める。
豪奢な玉座に座るのは、国王アルカーノ15世だ。
小柄な老人だった。
貴族達のように胡散臭げな視線を投げないのは、事情を知らされていないからか。
浩一がシンパシーを感じるほどには権威も威厳も感じさせないその様は、玉座と贅を尽くした衣装が無ければ「近所の好々爺」としか見えないだろう。
国王に足りない色々は、隣に座る王妃が補っていた。
高く、太く、厚い。
セルトロスの領主デルガドを更に一回り以上も全体的に大きくした威容は、隣の貧弱な国王と相まって『蟷螂の夫婦』を連想させた。
強い意志を感じさせる眉の下で、鋭い眼光が浩一達を射抜く。
実質的な国の支配者はどちらか、何者の目にも明らかな夫婦だった。
「これより、コーイチ・エンド殿への叙勲の儀を始めます」
典儀官が高らかに宣言すると、ヒソヒソと囁き合っていた貴族達も静かになった。
叙勲と聞いて、褒賞と思っていた浩一が怪訝な顔をする後ろで、ロザリンドがニタリと笑う。
「先ずは国王陛下より、エンド殿に男爵号の授与をーーーー
そこまで聞くと、ロザリンドはギディアに合図を送った。
「ちょおっと待ったあぁぁぁ!」
ギディア渾身の大声は、謁見の間のステンドグラスをビリビリと震わせた。
ロザリンドは事前に、浩一以外の全員は鼓膜を殴りつける一撃に慌てて耳を塞ぐ。
「な、何事だ?!」
涙目の国王はギディアを見るが、当の本人は「こう言え」としか教えられてなかったのか、キョトンとしている。
そんな大女の横で、ロザリンドが声を上げた。
「その男爵号授与とやらには、異議があるって事さ」
「魔女か?」
「モンスターが何を偉そうに」
「奴隷の躾がなっとらんな」
貴族達は口々に悪罵を放つが、面と向かっては言わず仲間内で囁き合うだけだ。
それは憮然とした浩一を気遣ったというより、ロザリンドの横にいる褐色の大女の不興を買いたくないからと見えた。
「異議とはなんだ?魔女よ」
眠たげな国王の問いに答えたのは、浩一だった。
「俺は褒賞をもらいに来たのであって、男爵号とやらをもらいに来たんじゃないんですよ」
「不敬な」
「言葉遣いが」
「これだから平民は」
今度は浩一の陰口を叩く貴族達だが、ギディアに睨まれた途端に口をつぐむ。
「褒賞は勲章に付随するもの。そして勲章は国に所属する者にしか渡せぬもの。故に貴族位をくれてやろうというのだ。何が不満か?」
王妃の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
が、それも真祖吸血鬼の姫には及ばなかった。
意に介さない様子で、浩一が反論する。
「でもそれって、アンタの家来になるって事だろ?」
「城とその周辺、浩一の支配領域がまるっと王国領になるってこったね。城の戦力も、今まではセルトロスでの交易でしか手に入らなかった『ゼルガの森でしか採れない薬草や鉱石』なんかも全部取りだ」
浩一の問い掛けをロザリンドが補強する。
鼻白む王妃に、
「ん?こいつら何もしてないのに、勲章とやら一つで何もかも掻っ攫おうとしてんのか?スゲー厚かましさだなぁ」
素朴なギディアの一言が突き刺さる。
「それなら褒賞も要らないな。俺達はこれで帰らせてもらうよ」
踵を返した浩一の目の前に広がったのは、衛兵の槍衾だった。
振り返ると、王や貴族達の前にも衛兵が展開し、剣を抜いている。
「素直に受け取らないなら、その方は我が国の敵となるな。後顧の憂いは今の内に断ってしまおうか」
何も知らぬ王は別として、王妃も貴族達も衛兵達も、浩一達の力を侮っていた。
謁見の間に入る際に、浩一達は武装を預けている。
もっとも、王都に来る時にはミスラルの遺跡で入手したような価値のある物は持参してはいないが。
とにかく、浩一達は丸腰だった。
いかに伝説級の魔物を倒した勇者とて、装備を手放していれば無力とまではいかなくとも常人でも対処可能であろう、と。
「『服従か、死か』……か。人間もモンスターと変わらんな、これじゃ」
頭を掻く浩一に、焦りや恐怖の色は無い。
それだけではない。
ギディアにも、ロザリンドにも、ナナミにも、それは皆無だった。
言い知れぬ不安と恐怖が、王妃の背筋を氷の刃で貫いた。
「さて、と。それじゃ御暇しましょうかね」
真っ先に動いたのはロザリンドだった。
が、衛兵達に焦りは無い。
魔法を使うのに必要な媒体である杖や箒を、ロザリンドが所持していないからだ。
動作に登録する『無詠唱魔法』というものも存在するが、そういった事が可能な魔法というのは低級で脅威とはならない。
薄ら笑いを浮かべる衛兵達に笑みを返すと、ロザリンドはローブを脱ぎだした。
突然始まったストリップショーに、助平な男共が鼻の下を伸ばす。
そんな「お楽しみの時間」も、下着姿のロザリンドがローブを裏返しにするまでだった。
床に広げたローブの裏地に縫い付けられているのは、魔法陣。
「転移魔法だ!」
宮廷魔術師が叫ぶのと、浩一らが魔法陣の上に乗るのは同時だった。
「衛兵!呪文を唱えさせるな!」
指示を飛ばす宮廷魔術師に、ロザリンドは髪をかき上げて見せた。
指示も的確で素早い智者を悩殺するーーーーのではない。
うなじに作り上げた「もう一つの口」を見せつけるためだ。
その口は先刻から、周囲に聞こえないほどの小声で転移魔法の呪文を唱えていた。
「じゃあねぇ〜♪」
宮廷魔術師に投げキッスまで飛ばして、搔き消えるロザリンド達。
謁見の間に残った者達は、ただ呆然と浩一達が居た空間を眺める事しか出来なかった。