王国からの召喚
“転移城”『メルゼルブルク城』の裏庭に設けられた調練場は、活気に満ちていた。
ゴブリン、オーク、オーガ、トロルといったモンスター達に混じって、人間の姿もちらほら見える。
セルトロスからの移住者だ。
彼等は有事の際に自分達の家を、畑を守る為に、農作業の合間を縫って鍛錬に励んでいた。
指導役は、かつて騎士王国と呼ばれた国において最強の騎士であったデュラハン、ルカミラだ。
調練には、人間態での戦いに慣れたいギディアも参加していた。
また、セルトロスからの移住者に含まれていたエルフによる弓術も訓練メニューに加わり、『ゼルガの森防衛隊』の戦闘力は城周辺の開拓の規模に比例して大きくなっていた。
「みんな熱心だねぇ」
城のテラスから調練場の様子を眺める浩一は、感嘆の念を言葉に乗せた。
筋トレしても一ヶ月と継続出来ない浩一としては、彼等の爪の垢でも煎じて飲むべきかと半ば本気で考えている。
「手に入れたモノを失いたくはない、という事でしょう。貴方はまず手に入れる事から始めるべきですが」
浩一の背後で、語学のテキストを手にオリアナがジト目で応える。
現在はロザリンドと交代で、浩一の読み書きの教師を務める彼女であった。
授業を中断したい浩一は、必死に話を逸らす。
「失うといえば……あの時、ナナミが殺しちゃったシャドウに関して誰も何も言わないけど、どうして?」
「姫様もルカミラも、奴の品性は嫌っていましたから、むしろ清々したくらいなのでしょう」
「……そんなに嫌ってたのに幹部だったんだ」
「先代の頃から仕えていた古株ですから、惰性ですね。姫様がより相応しいと思える者を見初めていれば、御自身で粛清されていた事でしょう」
「……そ、そうなんだ。君はどうなの?」
「特に何とも。まぁ無駄に騒がしいのが居なくなるのは良い事です」
「外のアレは騒がしいけど?」
「アレは無駄な事ではありませんから。さ、休憩はこれくらいにして、授業を再開しますよ」
「……は〜い」
周囲の活況とは逆に、テンションだだ下がりな浩一だった。
アルカーノ王国王都からの使者を名乗る人物が城を訪れたのは、開墾した畑が作物をつけ始めた頃だった。
「伝説の転移城を攻略した功績を称え、国王自らがその方に褒賞をお渡しになられる」
と使者から言われた事を浩一が報告すると、ロザリンドは悪戯っぽく笑った。
場所はロザリンドの屋敷だ。
浩一とナナミ、ギディアは城に住居を移したが、ロザリンドだけは「落ち着かない」との理由で改装の終わった自宅に住み続けている。
「そいつぁ素晴らしい!是非是非、受け取りに行くといいさ」
「……含むところがあるよね、その顔は」
「いやなに、王都の様子を見に行くチャンスだろう?後学の為にも一度行ってみる事をオススメするよ」
「……何を企んでるんだよ」
「いやいや。何事も『百聞は一見に如かず』さね」
かくして、浩一は王都に向かう馬車に乗る事となった。
同乗するのは、ギディア、ロザリンド、ナナミ。
シャルロットも「自分の上空だけ曇りにする」と言って同行を主張したが、浩一の「一番信頼出来る人にしか留守は任せられない」という言葉にイチコロにほだされて残留組となった。
事前にロザリンドから助言を受けていた事は、言うまでもない。